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先代紀州犬ユキの10回忌に





(我が家にはいつも3頭の紀州がいる?)


小雪丸が我が家にやって来る2ヵ月前、2002年4月11日の午後3時40分過ぎ、先代犬のユキが12歳半の生涯を終えて、今日でちょうど10年が経過したことになる。いま振り返っても、生涯で最も寂しい4月と5月を過ごしたときのことを昨日のように思い出す。


ユキの命日のことは、すでに幾度も書いているから、ここではもう改めて述べることはしない。お暇な方は以下の過去記事と、その周辺の記録を参照していただけるなら嬉しい。例えば以下のURLなど。

http://dog.kishu.us/?eid=213
http://dog.kishu.us/?eid=333




(ユキ2〜3歳の頃)


冒頭の写真はユキと小雪丸のスナップを合成してみた。現在のPCにはイメージ編集用のToolをあいにくセットアップしていないので、力任せの手作業である。昔は常にPhotoShopなどを入れていたものだが、昨今はイメージ編集に凝るようなこともしない。いずれにせよ新OSに対応するアプリがない。出来具合はご愛嬌というものだろう。仕上がりの悪さはボカして誤魔化す…笑。




(ユキ4〜5歳の頃 



(ユキ4〜5歳の頃◆


言うまでもないことだが、ユキと小雪丸(小ユキとユキ丸)は、とてもよく似ている。ユキは自宅前のぶどう畑で保護した犬であるから、おそらく紀州系の雑種だったのだろう。それでも凛々しい差し尾(小雪丸は巻き尾)の紀州そのままの姿をしていた。強いて言えば耳だけが若干、紀州標準サイズよりも小さい。


ユキが逝って後、呆けたような4月と5月とを過ごし、彼の49日を過ぎて結局は寂しさの反動に負けて、小雪丸(しかも同時に2頭も)を我が家に迎えることとなる。そのときもユキに似た犬以外のことは、考えたこともなかった。我が家の紀州の系譜は、こうして必然的に決まった。それ以外の選択はなかったとも言えるだろう。




(ユキ6〜7歳の頃 



(ユキ6〜7歳の頃◆


それほどユキの思い出は消し難いものとなって、10年を経た今も拭い去ることが出来ない。そしてその外見的な特徴や寡黙で控えめな気質は、今日の小雪丸とも多くの共通点がある。保護時に骨折していた足の治療で駆け込んだ先の獣医は、事もなげに「雑種でしょう」と言ったものだが、私はその判断に今でも疑問を持ち続けている。


他人の評価がどうであろうとも、その後、間違いのない紀州(小雪丸)を飼育することになった人間が、今でも10年前を振り返って思う。「もしかしたら雑種ではなかったかもしれない」…むろん、それも今となってはどうでもよい話だ。私にとってのユキは、紀州であろうとなかろうと、最も愛すべき家族であった事実は変わらないのだから。




(ユキ8〜9歳の頃 



(ユキ8〜9歳の頃◆


ともかく今回は過去のフォルダから、数枚の写真を参照することにして、それをユキを偲ぶ縁(よすが)としたい。過去の記事に掲載した写真とダブるものもあるに違いないが、それについてはご容赦願いたいと思う。特に夕闇にたたずむこの1枚の写真は、ユキがまだ(たぶん)2歳直前のときのもので、私が最も気に入っている写真だ。




(たぶん1991年の秋、長瀞、雨上りの夕暮れ)


It's my destiny... 本当に運命というものがあるのかどうか、時に懐疑的になる自分がいる。それは人があとから勝手に都合の良いような解釈を与えたものではないかと。だから「人の心が介在しない限り運命もない」のではないかと…だが、それでもなおユキが私の前に現れたのは「必然だった」気がする。


今を遡ること22年前、5月連休中の夕暮れ、私は自宅前のぶどう畑の中で、初めてユキと向き合った。畑の土の匂いも葉を揺らす風も、昨日のことのように「五感の全て」が覚えている。あの日から何かが変わって、そしてたぶん今の自分がいる。小雪丸についても似たような記憶はあるが、それともどこか違う。




(たぶん1992年の夏、未確認だが蓼科だと思ふ)


皆さんは「自分の一生を変えた」と信じられるような犬と出会ったことがあるだろうか?もしそれがないなら、それはとても不幸なことだ。そして、もしあるなら、それがどれほどの僥倖であるかも理解することが出来るだろう。私にとってのユキとは、ちょうどそんな必然を思わせる原点でもある。今日一日は、ことさら穏やかに過ごしたい。

 



初代紀州 | 04:24 | comments(2) | trackbacks(0)
先代紀州ユキの命日再び



(先代紀州のユキ:2001年3月頃のユキ11歳半を迎えた春)


東京の桜もようやく満開の春を迎えた。今年は例年より開花が遅く、やっと迎えた春との思いがことのほか強い。そして予想外に長引いた冬があった…前回ユキ丸の誕生日3/5に更新して以来…長らく小雪丸日記の更新も止めてしまった。


ちょうど震災を挟んでしまったこともある。その間には震災関連のことを書こうかと、半分だけ原稿を起こしてはみたものの…限りなく発散してしまいそうで、見送ってきた経緯もある。


震災以降の断片的な様々な変化については、私のTwitter発言をまとめたTwilog⇒
http://twilog.org/kishudog を参照いただければ、3.11以降のおよその記録が残されている。


およその…と書いた理由は、他人との交信は、そこには残されない設定にしているため。だから見解の飛躍があるような場合には、その間にリプライやメンション(他者に向けた発言)が介在している。Twitterの経験者なら多分おわかりだろう。

 

さて…日付も変わって4月11日の早朝深夜…今日は先代紀州のユキにとって9回目の命日となる日だ。このメモリアルだけは、小雪丸日記でも更新しない訳にはいくまい。




(この撮影もたぶん10年前の2001年:つまり余命1年の春)


そこで、以下には先刻Twitterでつぶやいたコメントをそのまま引用しておく。同じことを再びここで書き直す必要もあるまい。決して手抜きではなく、書いてもどうせ同じことになるのだろうから(笑)


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時計の針が零時を回って、今日4.11は3.11から1ヶ月であると同時に、先代・紀州犬ユキの9回忌となる命日…2002.4.11の15:46…その時刻が間もなくまた来る。震災は確か14:46分であったか?ちょうどそれよりも1時間だけ早い。今日の午後は2つの時刻に黙祷をしなくてはな…
posted at 01:49:37


9年前…2002年の春は、例年になく桜の開花が早い年だった。4月初めには殆どの桜が散って10日過ぎはすでに葉桜…庭にはちょうど「花ミズキ」の花が咲き誇っていた。命日の4.11は晴天…白と薄桃色の2種の花を遺体に添えてユキを見送ったのは翌4/12の午後…曇天で一時にわか雨が降った。
posted at 01:59:04


2002.3.5〜2002.4.11…この僅か1ヶ月だけが、今の小雪丸(小ユキ・ユキ丸)と先代犬ユキとが、この世にあって共に生きた期間。そうした運命は…後の日に知る。そして今もどこかで消えかけている命があり、生まれようとしている命がある。今年の春はことさらその入れ替えが多かろう。
posted at 02:06:00


ユキは12歳半(迷い犬だったために推定)で他界したから、小雪丸と併せてもう20年以上…私と紀州の付き合いは長い。この愛すべき白き犬たちは桜の下に立ったときが一番美しく見える。儚い花だが、その潔さと一瞬の華やかさがなぜか紀州犬には良く似合う…日本の花と日本の犬…最も自然な春の原点。
posted at 02:19:40
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(昨日2011.4.10 桜満開の城北公園の小雪丸 


むろん最後のコメントは私の「偏った主観」であると、その直後にもTwitter上では書き残した(笑)


偏った主観といえば、亡くなった愛犬は歳月を経て…日に日にその美しさを増してゆく。小雪丸を今、桜の下に立たせれば、それはとても美しい姿をしている。けれども、もしユキを桜の下に立たせれば、それはもっともっと美しく映えただろうと。それほどにユキの容姿は際立って愛らしかった。


小雪丸は「綺麗な犬」と言われることは多くても、「可愛い犬」とはあまり言われたことがない。一方のユキは幾度も「可愛い犬」との賞賛をもらっていた。僅かながら紀州以外の血が混ざっていたこともあるからだろう。とくに口吻の厚さに特徴があった。簡単に言えば「唇が分厚い」のである。そのことが表情に柔らかさを添えていたようだ。純潔種の小雪丸にあっては、ユキ丸⇒小ユキの順に口吻が薄くなっている。むろん彼らの器量も私から見れば十分賞賛に値するものだが…(親ばか)








(昨日2011.4.10 桜満開の城北公園の小雪丸↓ぁ


ところで、むろん昨年4/11の小雪丸日記にも、この日のことは記録してある。お暇な方は「先代犬ユキの命日」2010.4.11も参照いただけると嬉しい。
http://dog.kishu.us/?eid=213




(昨日早朝2011.4.10 都知事選投票所で待つ小雪丸ァ


追記:実は先週より、ユキ丸に耳血腫ができ、その治療と前後して「頻尿の症状」が出ているために、目下のところ試行錯誤している。総合的な検査はいったん済ませ、異常なしとの結論を得たものの、いまだ改善されぬ状況に悩む…そうしたつぶやきもTwilog(http://twilog.org/kishudog)には書き綴っている。

現在進行形であるがゆえに、あえて今回は記載せずにおくが、早く回復させて、小雪丸と穏やかな春を過ごしたいものだ。東京の桜も見頃はあと1週間だろうか…



初代紀州 | 05:29 | - | trackbacks(2)
隣り合う誕生日と命日再び



(4代目の愛犬コロ:19X1/12/03逝去)


起草が真夜中になってしまったが、今日と明日(12/2-12/3)は、我が家では特別な2日間のメモリアルデーとなっていることを書いておこう。ただしこの話は、昨年の同時期にも、すでにこのブログ「紀州・小雪丸日記」で披露していることなので、今回はごくごく簡単に紹介させていただき、詳細は「隣り合う誕生日と命日(改訂03)」http://dog.kishu.us/?eid=114 を参照していただきたいとのみ、申し上げておくことにする(笑)


さて掲題の「隣り合う誕生日と命日」とは、いかなることを言うのか?これがもし同一年内に起こったこととするなら(前回も書いたように)解釈は極めて単純である。つまり、一度天に召された魂が、その翌日には生まれ変わって戻った、そう考えればよかろう。




(5代目の愛犬ペコ:19X1/12/02誕生)


ところが我が家に起こった出来事は、そうではなかった。先に誕生日があって、翌日に命日が来るのである。遥か昔(あえて西暦を伏すが)19X1年の12月2日のこと、まだ見知らぬ都内のどこかで、やがて我が家の一員(5代目)となる仔犬が生まれた。そしてその翌日、我が家では当時4代目だった愛犬が天に召された。この2つの魂は「たった一日だけ」その生をこの世に共有した。むろん互いの存在など知る由もない。


だが私は、この一日が2頭にとって「引継ぎの一日だった」と、あえて思うことにしたのだ。4代目のコロ、5代目のペコは、こうして全く同じ師走の一日を、私の記憶の中に永遠に留める。今日と明日は、そうした少し切ないメモリアルデーなのである。


 



初代紀州 | 02:59 | comments(1) | trackbacks(0)
犬に選ばれし者



(先に選んだのは私ではなく、ユキの方ではなかったか)


表題は「神に選ばれし者」の間違いではない。私は「犬に選ばれし者」と書いた。普通、人が犬を選んで飼い始めることはあっても、犬が人を選んで「飼われ始めること」はないと、そう考えておられるだろう。


犬には普通、飼主を「選ぶ権利」や「選択の余地」は与えられていないし、ただひたすら飼主が決まるのを待っているのみだろう。だが、改めて過去の出来事を振り返ってみるとき、皆様には「犬に選ばれた」と思うことはなかっただろうか?


先日「葡萄畑に犬がいる」と題した記事(http://dog.kishu.us/?eid=232)を書いた。先代犬ユキを保護したときのことを述べたものだ。私はあのとき「ユキに選ばれた」と、今でもそう信じている。それだけのことと思うかもしれない。だがそれが私にとっては、とても重要な出来事だった。
普通は九分九厘、飼い主が犬を選ぶ。犬が飼い主を選ぶことは出来ない。けれども、あのときの私は確かに、先に「ユキに選ばれた」のだと思う。その結果を受けて、私もユキを選び、そして我が家に迎えたのだ。


確かにユキが突然、私に従ったのは、私が怒鳴ったことによる恐怖のせいだったかもしれない。けれども、普通の犬の習性からみれば、人に対する態度を、一瞬にして180度転ずるような例を、私はまだ他に知らない。だから、あれは単なる恐怖ではなく、何らかの意思が働いた結果であると、いまでも固く信じているのだ。私はあのとき、確かに「ユキに選ばれた」のだろうと。


そして、選んだ犬と暮らす人と、犬から選ばれて暮らす人は、果たしてどちらが幸せだろうかと考える。常識では前者かもしれない。けれども、人と犬との「総和」で幸せを計ろうとしたとき、後者でなければならないと思う自分がいることも事実だ。




(ユキ丸(左)、おまえは私を選んでるかい?>わんっ!)


では、普通に「犬を選んだ」飼い主は、生涯「犬から選ばれる」ことはないのだろうか。そんなことはない。意識さえしていれば「犬から選ばれた」ことを知る機会もあるだろうし、また逆に、生涯を通じて「犬に選ばれない」ままの飼主もいるには違いない。それは犬にとっても人にとっても、極めて不幸なことだ。


そこで、こう考えてみたらどうなるだろうか。良い飼い主になる目的は「犬に選んでもらう」ためだと。それが可能ならば「相思相愛」であるから、両者の関係も、うまく行かないはずはないではないか、そう思うのである。いずれにせよ私は、ユキとの出会いによって気付いたことがある。それは、


「神に選ばれても、犬に選ばれても、人は幸福になれる」という摂理である。GODとDOGは回文の関係だから、とシャレてみることもできるが、滑ったジョークで顰蹙を買ってもつまらないので、それはそれとして、撤回しておくことにする(笑)。


そして、もう少し昨今のネット事情から、卑近な例を引いておくとするなら、こうも言えるだろう。選び選ばれるという関係は、TwitterやAmebaなう(あるいはmixiやFacebookなど)の「フォロー」に例えると、わかりやすいかもしれないと。


この世界では最初に必ず、どちらか一方が相手をフォローするが、フォロー返しがあるかどうかは保証されていない。また、ここでいうフォローを「支援」と翻訳してはいけない。あえて訳すなら「慕う」ぐらいの意味になるだろうか。


これを人と犬との関係に例えるならば、どちらからのフォローもないままの関係が最悪だ。つまり絆がないから、そこでは飼育放棄や虐待が起こるのである。


その次に来るのは、やはり、人が犬を先にフォローした場合だ。一見これは大切に飼おうとする関係に見えるかもしれない。だがしかし、人は犬からのフォローを受けていないのであるから、「犬に選ばれた」という自覚がないままに接している。


この状態は運が悪いと、人だけの身勝手な愛情に終始することにもなり得る。つまり自己都合の良い範囲のみで大切にはするだろうが、ひとたび家庭環境に歪みや不測の事態が起これば、犬を最優先することはもはやなくなる。里子に出し、あるいは厄介払いをするようなことも起きるだろう。そうした飼主の自己都合で、手放された犬たちが世間にはどれほどいることだろうか。


残る選択肢は2つ。一方は、先に人が犬をフォローし、後に犬もフォローを返せた場合だ。これは曲がりなりにも「相互信頼」の関係にあるから、周辺環境の変動ぐらいでは揺らぐこともあるまい。そして犬も幸せである。しかし所詮、飼主の幸せは「人並み」のものに留まる(笑)。




(小ユキ(右)、おまえは私を選んでるかい?>がうっ!)


そして最後の選択肢については、もう一度、表題の言葉に戻りたい。「犬に選ばれし者」つまり、先に犬が人をフォローし、後に人も犬をフォローしたときの場合だ。
God bless you!(いや正確にはDog bless you!なのかも)(笑)


この場合、飼主の幸せは、選ばれたところから始まっている。これに勝るものがあろうか?ローレンツの書を紐解くまでもなく、古来、人が狼に近づいたのでは決してなかった。狼が人の集落に、ある目的を持って近づいてきたのだ。そして、そこから狼の馴化を通して犬が生まれたとも言われている。その論理の妥当性をここで論ずるつもりはない。しかし、極めて理にかなったことだと思うのである。


まず先に犬が人を選んだ。古(いにしえ)からの人と犬との絆は、その時代から始まっている。それが人と犬とに共通する最も望ましい関係の記憶であったはずだ。


さて、皆様の犬は「いつあなたを選んだ」ことだろうか?自らの意思を持って愛犬を選んだと、当たり前のように信じてきたあなたも、いま一度、この単純すぎる人と犬との関係に、思いを馳せていただきたいと思っている。 


----- 飼主馬鹿独白(笑)-----

 



初代紀州 | 00:18 | comments(2) | trackbacks(0)
動画16本の大集合(笑)






連休中に撮った動画を、ともかく順番に並べてみた。場所は恒例のミニマムランか、それ以外のものは全て城北公園での撮影である。

今回の動画は全て、Amebavisionに登録してあるので、そちらのページからご覧ください。
http://ameblo.jp/kishus/entry-10527298301.html



●5月7日という日のこと
なお、先日5/3の「葡萄畑に犬がいる」http://dog.kishu.us/?eid=232 でも書いたように、5/3に自宅前で保護した先代犬のユキは4日間の入院後、今日5/7に退院して名実共に我が家の愛犬となった。すべては、ちょうど20年前に遡る、連休中の出来事である。





1990年8月31日、信州駒ヶ根の光前寺境内にて、初めて撮った旅行中のユキの写真。
ちなみに、光前寺は「霊犬早太郎」伝説で名高い。
http://www.kozenji.or.jp/dogstory.html

意識して立ち寄った訳ではまったくないのだが、あとから見た早太郎の銅像と、このユキの写真は、なぜかとてもよく似ている。リンク先の写真を見て、そう思われないだろうか(笑)。

 



初代紀州 | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
葡萄畑に犬がいる!



(私が最も好きなユキの写真。1991.10.12 ユキ2歳の秋。長瀞にて)


ちょうど20年前の今日この祝日。私と先代犬ユキとの出会いの日。今日と同じような晴天とも言い切れぬ薄曇りの朝、私は2階の窓から、ユキの姿を見ていた。ユキはまだ私の存在を知らず、一日ずっと葡萄畑に横たわっていた。やがて夕闇せまる葡萄畑で、私たちは初めて出会うことになる。この記事を書き上げる時刻から数えて、たぶん3時間後のことだ。


ユキと初めて出会った春、それは今から20年を遡る。ちょうど1990年5月3日のたぶん10時頃のことだったと思う。白い犬が、向かいの葡萄畑に横たわっているのを2階の窓から見た。家人によれば、ここ数日ほど、時折見かけていたと言うが、私が知ったのは、そのときが初めてだった。


ただそのときは、それだけのことで、そのまま忘れてしまった。ところが夕暮れ時になって、窓をしめようと、朝と同じ場所を見ると、朝と殆ど変わらない場所に、まだその白い犬は横たわっていた。


死んでしまったのだろうか?弱って動けないのだろうか?急に気になった私は、家を出て、金網の隙間から、その葡萄畑に入り、そっと近づいていった。漠然とではあるが「ともかく保護してやらなくては」の思いで、暴れたときのために、手には長めのロープを輪投げのように作って、10メートルほど歩いて、その犬の背後に近づいた。


3メートルほどの至近距離から、そっと覗き込むと、その白い犬は、こちらに背中を向けて、じっと横たわっている。顔は見えないが、かすかに息づかいで、腹の付近が動いている。寝ているのだろうか、よほど弱っているのだろうか、まだ私の気配には気づかない。犬の嗅覚や聴覚をもってすれば、普通なら、ありえないことだと思った。


意を決した私は、それでも万一に備えて、(その判断は正しかったのだが)そっと、その犬の頭の方から、輪にしたロープを投げかけるようにした。その瞬間、その犬はガバッと跳ね起き、低い姿勢のまま、数メートルほど離れた、道との境界にあたる生垣まで逃走したのだ。


けれども、そっと投げたロープが、ちょうど腰のあたりに絡まって、その端を持つ私との間で、まさに綱引きのような状態で止まった。ロープに気づいて、逃げられないと気づいたその犬は、「ぎゃおん」と悲しそうに一度だけ絶叫し、生垣の奥に身を潜めようとした。けれども私がロープを引くので逃げられないと悟ると、今度は、必死の形相で、「がるる」と犬歯を剥き出しして、私を威嚇しようとした。精一杯の抵抗である。


ロープを挟んで、私との距離は2メートル弱ほど。ポケットからパンを出して、差し出しては見るものの、まったくそれには見向きもせず、ずっと低く唸りながら、鼻にしわをよせて、相変わらず犬歯を剥き出しにしている(こういう時の犬は、たとえ弱っていようとも恐い)。


迂闊には近寄れないので、睨み合いを続け、30分ほどは経過しただろうか。このままでは、真っ暗になってしまうので、私としても何とかしたかったが、何度、接近を試みても、唸り返されるだけで、埒があかない。





(ユキと出掛けた初めての信州。1990.09.01 ユキ1歳間近となる頃)


さすがに我慢も限度と、とうとう、こぶしを握り(これほど言ってもわからないのか、との思いを込めて)片手を振り上げて「こいつ!」と怒鳴ると、何としたことか、虚勢の糸がプッツリと切れたものか、急に一転して、その犬は耳を伏せて、恭順の姿勢を示した(この変わり身の速さは見事だったと今でも懐かしく思い出す)。


そのあとは、そっと頭もなでさせたし、右足が骨折しているらしいこともわかったので、そっと抱き上げると、おとなしく抱かれていた。最初、葡萄畑に入った場所は、わずかな金網の隙間からだったので、そこからは、犬を抱き上げて戻ることができず、結局、50メートルほどを迂回して、出入り口を通り、わが家まで戻るには、さらに100メートル近くを歩かなければならなかったが、犬はその間もおとなしく抱かれていた。


私としては、初対面で、しかも30分近く、牙を見せて唸っていた犬を両腕で抱くので、その犬の顔が、ちょうど自分の喉下に来る。いったんおとなしくなったとはいえ、いつ喉笛をガブリとやられはしないかと内心はびくびくもので、そっと歩いた。


結局、自宅の玄関にいったん入れ、水やパンを再度差し出してみたが、受け付ける様子もなく、年齢も不明だが、かなり衰弱しており、足も骨折しているようなので、ともかく、近所の獣医に見せることとして、今度は400メートルほど離れた獣医師のところまで、再び抱きかかえて運び込んだ(さすがに腕も疲れた)。


結果的に、その犬はまだ7〜8ヶ月齢の若いオス(紀州系の雑種)であって、右足の骨折は、そこそこ時間が経過しているので、自力で癒着しかけており、手術の必要はないだろうということが、あとでわかった。いずれにしても、運び込んだときの様子では、かなり衰弱しているので、しばらく入院させて点滴と言う事になったのである。


これが、1990年5月3日、ユキと私が出会ったときの顛末である。その4日後の5月7日、退院と同時に、わが家に迎えることとなるわけだが、それがちょうど20年前の今日の出来事である。それ以降のことは、また折に触れて書きたいと思うが、ともかく、今日この日から、わが家の紀州の系譜は始まっている。



ユキは獣医に雑種と判定されたが、極めて紀州の特徴が色濃い外見をしていた。あえて言えば、紀州よりも少しだけ表情が優しい。けれども雑種とは思えない神々しさを備えていたと、親ばかな私は今でもあえてそう言う(笑)。そして、あと3時間すると、夕闇でユキと過ごした「はじめての時間」がまた始まる。。。

 



初代紀州 | 15:45 | comments(3) | trackbacks(0)
先代犬ユキの命日


(1991.10.12 ユキが2歳の頃、長瀞、雨上がりの駐車場)

冒頭の写真を撮影したのは19年も昔のことになる。当時2歳だったユキの写真の中で、というよりも、その後も含めた歴代のユキの写真の中で最も好きな1枚がこれだ。この写真はモノクロではない。れっきとしたカラーなのだが、背景の木立は深い緑、雨上がりの暗い夕暮れ、白い車に白い犬。。。
ユキの姿がくっきりと、とても凛々しく、神々しく見える。
ユキは、この後、ほぼ10年を我が家で過ごした。2002年4月11日に天に召されるまで。ちょうど8年前の今日のことだ。今日はユキの命日なのである。

どうかと思ったが、ここに病に伏せったときのユキの写真を並べるのはやめた。
それよりも、まだ1歳の頃の溌剌とした姿を再録して、20年前の元気な姿で、生前をしのぶ縁(よすが)としたい。



(1990年9月1日、岐阜、中津川渓谷。ユキまだ1歳の頃)


ユキは20年ほど前に、我が家のまん前の畑で保護し、そのまま飼い始めた紀州系の雑種である。
その後12年半の歳月を共に過ごして、他界したのが8年前となる2002年4月11日のことだ。
つまり今日が8回忌ということになる。

実は気のきいた記事を準備するつもりでいたのだが、あいにくこの2日間、すっかり体調を崩してしまった。そこでやや即席の記事を上げることになってしまい、まことに不本意である。




(1990年9月1日、これも同じ。ユキまだ1歳の頃)

2002年元旦の朝の散歩で、突然ユキが立ち竦むようになってから、病院を変えたり検査をしたりで、およそ3ヶ月に及ぶ闘病の後、4月は越せない、という医師の診断どおり、8年前の今日、15時45分頃、ユキは天に召された。12歳半の生涯だった。病名はひとことで言えば臓器の癌に相当する。だがここではあまり触れたくはない。

平日だったので、朝の散歩(といっても家の近所をやっと歩くだけになっていたが)を、その日もユキは私と済ませた。しかしどうしたことだろう、この数日殆ど食べていないこともあって、ずっと便秘だったユキが、この日の朝だけは、固い排便を一切れだけ落とした。
よろよろと歩くのがやっとだったけれど、ユキは最後まで自力で腰を落として排便をした。私はそっと手を添えてはいたものの、支えているわけでもなかった。

こうして私は出勤し、やがて早退して再び戻ってきたのが午後3時すぎのことだ。ここ数日は会社を早退して、毎日ユキを点滴に連れて行くようにしていたのである。
その日も同じように帰宅し、ユキの様子を覗き込むと、いつものように反応がなく、グッタリとしている。

あわてて、病院に車で運び込んだが、点滴の針を射したときのショックで「グッ!」呻くと、人工呼吸の甲斐もなく、そのまま逝ってしまった。それまでの闘病と比べると、誠にあっけない最後であったと今でもときどき思い出す。

連れ帰って家族で通夜を営み、翌日の昼過ぎには、移動火葬車に来てもらい、12年半を共に過ごした駐車場の中で、家族立会いのもでと火葬にした。ワゴン車内のボイラーで処理するのだが、ユキの骨は健康で硬く普通よりも時間がかかると言われた。

骨も自ら拾った、係員はちゃんんと骨の部位についての説明もしてくれた。目の前で全て骨壷に納められ、昨今、ニュースにもなった正丸峠事件のようなことはなく、間違いなくユキの骨は、いまも我が家のリビングに、そのまま置かれ、線香も絶やしたこともない。




(1990年8月30日、これも同じ20年前の夏。ユキまだ1歳の頃)

ともかくユキの葬儀を出した日は、例年になく寒い一日であって、ちょうどユキの魂が天に上ってゆくころは一時的だが冷たい雨も降った。庭には満開のハナミズキの花がきれいで。その白と薄桃色の2種類の花を、ユキには通夜〜火葬〜位牌に至るまで、ずっと飾り続けた。
ユキは12年間をずっとこのハナミズキの木の下で過ごした。いわばユキの花なのである。
しかし今年もユキの命日が、こうしてやってきたけれども、まだ庭のハナミズキの花が咲かない。それだけが少し寂しい。。。



初代紀州 | 05:50 | comments(0) | trackbacks(0)
立春の日にやって来た仔犬


(我が家に来てさらに1ヶ月当時のペコ)


隣り合う誕生日と命日(改訂03)と題して、2009.12.02に記事を書いているが、今日、2月4日は、我が家5代目の愛犬「ペコ」が、もらわれて来た記念日なのだ。限りなく遠い昔の話ではある(笑)が、節分の翌日、立春の日、ということで、なぜか記憶に今なお新しい。。。


ペコは登録名を「斉美荘・次郎」という。斉藤さんという方が繁殖家で、その血筋だから、そうなっている。狆という犬種は、このように、とても優雅な登録名を持っているものだ。


狆は別名「座敷犬」とも呼ばれているように、日本古来から武家屋敷などでも室内で飼われていた、筋金入りの室内犬である。無駄吠えもなく、性格も穏やかな犬が多く、体重も数キロ程度、扱いやすく、従順で大人しい。


子供の頃のことであるから、記憶の一部が飛んでいるようだが、ペコは、今は亡き父が、通勤の帰りに見てきたらしく、「狆を飼おうか?」と、家族の前で切り出したところから始まる。そのときは、どうもすでに「手付金」を打ってきていたらしい。


そのとき私の反応はどうであったか?というと、(コロが前年の12月に他界していたこともあってか)
「狆なんていやだぁ」と言ったことだけを覚えている。けれども、そのとき、幼い私は、どうも狆という犬の容姿さえ知らなかったのではないかと、おぼろげながらに思い出す。


なぜか、一方的に決められてしまったことに対する、根拠のない反発であったのかもしれない。イヤというだけの確かな理由もなかったはずだと思うのである。誠にひねくれた性格の子供だった(笑)


ともかくそうして、ペコが我が家にやってきたのが、立春の午後、2月4日だったことだけは覚えている。まだ寒く、底冷えのする夜だったと思う。昔の木造の家は隙間だらけだったのであるから。


ペコの誕生日は、以前にも書いたように12月の2日である。(その翌日に、4代目の愛犬コロが天に召された) だから、まだ産まれて2ヶ月しかたっていなかったことになる。今日のように、母犬から放す時期云々を配慮するような時代でもなかった。


連れてこられた最初の日の夜、たぶんストーブか何かの空き箱に、ボロ布を敷いて、その中にペコを入れて寝かせた。周囲の話からも「夜なき」をするのではないかと言われていたのだったが、賢い犬であったのだろう(笑)、深夜に一度だけ「きゅ〜ん!」と小さくないたので、母が起きて行って、覗き込んで声をかけると、その後は、もう殆どなかなかった。潔し、小さくてもペコは雄犬の面目を保った。


時代がそうであったからか、ペコは室内犬であっても、トイレを躾けることはせず、朝晩の散歩によって、用を足していた。ちょうど、今の小雪丸と同じ状態である。散歩はたいてい父か母が交代で行っていたが、ときどきは子供の私が連れて出ることもあった。いずれにせよ、狆はそれほど大きな運動量を必要とする犬ではないから、日々の散歩も朝晩30分ずつ程度だったのではないかと思う。



立春、暦の上で春は訪れたはずだが、まだまだこれからが寒い。。。そんな時期に、一足早く、春を運んで来た小さな仔犬がいた。だからこの時期になると、どうしてもペコのことを思う。ホヤホヤの産毛で、手毬のように小さかった狆の仔犬のことを。



初代紀州 | 23:57 | comments(6) | trackbacks(0)
隣り合う誕生日と命日(改訂03)


(コロは我が家で4代目の愛犬だった)


今日12月2日は、我が家にとって、ささやかなメモリアル・デーなのである。むろん、ここに書くことであるから、愛犬に関することなのだが。。。

さて、いまの小雪丸は、我が家にとって7代目と8代目の愛犬であると、確か以前の記事にも書いたことがあった(初代日本犬:2009/10/11)。そして、先代のユキが6代目であり、5代目のペコ、4代目のコロと続く系譜がある。

今日は、その5代目となるペコの「誕生日」なのだ。ただし、それだけなら、わざわざ、ここに書くほどのことでもない。われわれの一年は、毎日、何らかのメモリアムを持つと、言い切る方もおられるかもしれない。



(5代目の愛犬ペコ:生後3ケ月の頃)

けれども、明日12月3日が、今度は4代目の愛犬コロの「命日」だとすると、どうだろうか?しかも、異なる年ではない。全く同じ年の12月に起きた出来事でなのである。

つまり、5代目と4代目は、「たった一日だけ、この世に共存した」ことになる。むろん5代目のペコが、我が家にやって来たのは翌年の2月4日 であったから、まだ当時は、この両者の関係など知るはずもなかった。すべてはペコを迎えてから、初めて知ったことでもある。

さて、私は何にでも何らかの因縁を結び付けて、考えることが好きだ。だから、この隣り合う二日間にも「解釈」を与えようと思った。

そして、もしこの誕生日と命日とが、入れ替わっていたとしたなら、解釈は極めて簡単である。つまり「生まれ代わり」と考えればよい。けれども、このケースは逆で、それもできない。

そこで、こう解釈することにした。「コロとペコは僅か一日で引き継ぎをしたのだ」。そう解釈すると、この隣り合う二日間の間に、特別な「記憶の栞」を挟み込むことが出来るではないか。そして私自身もまた、いつまでも過去の愛犬たちの姿を懐かしむことができる気がする。

これを単なる「こじつけ」として排除することはたやすい。しかし、それでは12月2日も12月3日も、平凡な日常に埋没してしまう。それならば、たとえ「こじつけ」であっても、愛犬を偲ぶ縁(よすが)と考えた方が、何倍も充実した時間を過ごせるではないか、そう思うのである。

最後に(ペコのことは以前にも書いたから)、今回は少しコロのことを書いておきたい。


コロはたまたま先日書いた四国犬のコロと同じ名前だが、(たぶん)日本スピッツ系の白い雑種である。だから紀州たちよりも少し毛足が長い。コロは野良犬に絡まれて、その結果6頭の仔犬を産んだ。だから、我が家では唯一の母親となった犬でもある。



(6頭の仔犬:5頭が白で1頭だけが顔に黒のマスク)

そして今となっては、ずいぶんルーズな話ではあるが、その仔犬たちは皆、簡単なやり取りだけでもらわれて行った。
中には長距離トラックの運転手に2頭、という記憶もある。長距離が寂しいから、という理由で引き取られたはずだが、果たしてどのような生涯を過ごしたのだろうか。
結局、6頭の仔犬中で、その後の写真を送ってくれるなどして、ちゃんと消息の知れた仔犬は1頭だけであったと記憶している。また当時は、そう言う時代でもあった。



(コロと過ごした最後の夏、右手を膝にのせ、耳は優しく伏せられている)

コロは(当時としては珍しいことでもなかったようだが)わずか3年足らずという短命だった。その間に母犬となり、犬小屋の屋根から落下したときに、鎖が絡まって足を骨折するという、不運にも見舞われている。いま振返ると、もっと手厚くしてやれたものを、と後悔の念にかられてならない。

はたして、先に書いた「わずか一日の引継ぎ」にあって、コロは何と言ったのだろうか?
「次の犬が生まれましたから、私はもう行きます」勝手にそんな言葉を想像しながら、今こうして幾多の歳月を飛び越えても、なお目頭が熱くなる思いがする。明日は、そんなコロの命日である。


初代紀州 | 12:24 | comments(2) | trackbacks(0)
1999年ありし日のユキ



ディスク整理は手元のPC、そして契約サーバ上のデータだけかと思っていると、それだけではなかった。忘れていた所からも案外出てくるものだ。11年ほど時を遡ると、当時は無料ホスティングのようなサービスが乱立していたので、あれこれと登録しては、TESTと称してデータを転送していたものだ。




国内ではGeocitiesなどが一番有名だが、海外こそ、そうしたサービスの宝庫で、ProhostingやFortunecityなども、そうしたサービスの一つだった。そして今でも、それらの幾つかのサーバには、かろうじて当時のURLのままアクセスできるものがある。例えば以下のURLから、いまでも「10〜11年前のユキの写真」にアクセスができる。

http://free.prohosting.com/~vector3/camera/

解像度は悪いが、その中から少しピックアップしてみた。なお、カラーではなく殆どがグレースケールとなっているのは、単なる私の「趣味」だから気にしないでほしい。







改めて気付くことだが、私は当時も公開用ハンドルに「snowy」を使っていた。
ユキ⇒雪⇒snow⇒snowyの経路で紐づけたハンドルだから一番愛着が深い。ちなみに欧米では実際に、白い犬の名前にも結構使われているようだ。念のために言うと「スノウィ」ではなく、正しくは「スヌーウィ」と発音する(笑)。

ここに引き出した写真は、いずれも9歳当時のユキ姿だ。ユキ丸や小ユキに似ているものもあれば、そうでないものもある。きっと、すべてを自己の心象に照らして判断するから、そう感ずるのだろう。写真というものは不思議なものだと、改めて思う。



初代紀州 | 00:03 | comments(0) | trackbacks(0)
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