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ユキ丸の誕生日に思うこと(続き)

 

(誕生日のユキ丸は左、小ユキと共に陽だまりに寛ぐ)


果たして通話に出ると、相手はその三重県の業者だった。すでに一度会話もしている相手だ。こちらから電話をかけるまでは向こうから電話もあるまい、と勝手に思い込んでいたこともあって、一瞬ではあるが冷静さを失う(笑)。そこに業者は、畳み掛けるように話しかけてきた。


「どうなさいますか?いい犬ですよ」(続いて、所謂自己宣伝の口上が続く)
下見に人をやったことが、相当、可能性の高い顧客と思ったのか、さすが商売人と思わせるタイミングの良さであった。いまさらながらに思うことだが、この夜より一晩早くても、また一晩遅くても、私の答えはその時点ではYesとならなかっただろうから。
つまり前夜ならば、まだ写真や動画を見ていなかった可能性がある。また翌日の夜ならば、それまでに私から逆に、断りの意を決した後の電話を入れていたかもしれない。その隙間に見事にはまったタイムリーな電話だった。


数秒の沈黙、その間に私の脳裏には様々な光景が走り回っていた。ユキの生涯は外犬であったこともあるが、1頭のときは寂しそうにしていた。遊び仲間もあるいは欲しかったかもしれない。2頭飼育とは経験がないが、どのようなものとなるだろうか。次いで2頭の真っ白な紀州が仲良く跳ね回る光景。。。私の生涯はいつも直感で決めることが多い。長くは考えず、一瞬で導かれた直感に従うのである。もとより人に相談をするようなことも殆どない。自らの人生だ。自分で決められなくてどうする。いつもそう思って来た(笑)。


数秒の沈黙で十分だった。そして、もうそのときの私は決めていた。雌雄2頭の紀州を、そのまま夫婦として育ててみようと(去勢避妊などの方針は後からついてきた結果だ)。
そして5頭いる紀州の中なら、もうすでに選ぶ犬は決まっていた。私は答えて言ったものだ「3ヶ月の雄を」それだけで結論は出た。何とたやすい商売だろうか(笑)そして何と潔い顧客だろう(笑)。


実際のところ飼うか飼わないかだけが問題であって、血統とか値段だとかについては、殆どどうでもよい話だった。ピンキリで言えば紀州の値踏みには相当の隔たりもある。どこから仕入れるかでもかなり異なるものだ。けれども、小ユキのときもそうだったが、私はいつも飼うことを決めてから、そのあとで値段について尋ねている。元来、私自身は動物を金銭で取引きすることについては、とても抵抗感がある。命に値段をつけるなんて、どうしてもそう思ってしまうからだ。もって生まれた性格かもしれない。


小雪丸を連れて散歩を長い間してると、必ずどこかで「どこで買った?」「いくらでした?」と無作法にきいてくる人がいる。内心とても不愉快になるのだ。だから私は一度もそうした質問には答えたことがない。身内でさえも小雪丸の値札についての情報は知らない。その数字は本当に私の頭の中にだけ留まっている。想像は勝手だが、どちらがいくら高かったかなどということは、とうに脳裏に封印してしまった(笑)。


こうして、ユキ丸が、遠路、三重県から東京まで、深夜便で搬送されてくることが決まった。その方法にも問題ありと、今では大いに思うことだが、ともかくそのときはさすがに三重県まで迎えに出向く時間もなかった。業者は当然のことながら、幾度も同じ方法でやっていることなので大丈夫だという。日取りは金曜日の夜、三重県を出て、東京には6月8日、土曜日の早朝に到着することになった。


こうして、ユキ丸を待ちながら、小ユキとの数日を過ごした。この数日だけが、生涯を通じて、おそらく小ユキが「たった1頭の犬」として過ごした唯一の期間だったことだろう。ペットショップでは他の犬も多数いたし、ブリーダのところでは少なくとも7頭の同胎犬や母犬も一緒にいたはずであるから。


やがて次の週末、ユキ丸を乗せた深夜便のトラックは、連絡では埼玉県の和光市を終点としているはずだった。そこで、私は車の助手席に小ユキを乗せ、夜明けと同時に和光市に向かったのである。この時期は夏至間近なので夜明けも早い。時間は十分にあるはずだった。

そして深夜便の到着時刻まで、集配場の近くに車を止め、私と小ユキは周囲をゆっくりと散歩しながら予定の到着時刻を待った。確か6時が到着予定の便だったと思うが、むろんその前後にも、全国各地からのトラックが到着する。新しい車がターミナルに到着するたびに、私は小ユキを連れてその近くまで確認しに近づいて行った。


しかし予定の到着時刻をとうに過ぎても、なかなかユキ丸を乗せた便が到着した様子がない。そこで、ようやく事務所に行き、迎えに来ている旨、説明して、三重からの深夜便のことをきくと、しばらく電話確認をしたあげく、意外な事実を知らされることになった。

つまり当のトラックはすでに到着しているのだったが、肝心のユキ丸を入れたケースは、和光市のひとつ手前(西台)の集配場に降ろされていたというのだ。全くのミスのようだという話だった。それで、次の通過便で拾ってここに来るから待ちますか?という。しかし次便の到着には、まだ2時間近くかかるという。


私としてもユキ丸を、これ以上窮屈なケースの中に閉じ込めたままにしたくはないと考えたし、西台はむしろ和光市よりも自宅に近い場所だ。だから「こちらから迎えに行く」と伝えて、その場に留め置いてもらうこととし、急遽、小ユキと共にその集配所をめざしたのである。予定では30分もあれば到着するはずであった。しかし不覚にも途中で道に迷い、近場であるにもかかわらず1時間近くもかかってしまった。


ようやく目的の集配所を見つけて車を止め、小ユキを車内に待たせて、その事務所をたずねたとき、「私宛ての犬」と切り出すと相手の係員は答えながら、出入りの多い事務所扉の脇を指差したものだ。そこには。。。。。

そこには、予想していたような頑丈なキャリアではなく、簡素なビニル製の「脱衣カゴ」を上下に2個向かい合わせただけの状態で、周囲をガムテープでぐるぐる巻きにされたケースの中で、伏せの姿勢でじっとしているユキ丸の姿があった。案の定、中にはウンチのつぶされた様子も見える。


こんな身動きのとれない小さなケースの中で、深夜便にずっと揺られ続けて、おそらく真っ暗な中で、さぞ不安だったことだろう。そしてこんなやわなビニルケースで、もし事故などによる荷崩れでもあったら、潰されてしまうではないかと、深夜便というものの実態を安易に考えていた自分が情けなかった。(だから私自身はいかなる場合でも犬を長距離便で送ることには同意できない。それぐらいなら自ら車で往復する道を選ぶ)


こうして、やっと会えたユキ丸だったが、さぞ疲労困憊かと思いながら、気ぜわしくガムテープを剥がし、外に出してやり、準備してきた小さな首輪とリードをつけると、身震いをしたあとは、何事もなかったかのように元気に私の導く方向に歩き始めた。特に臆したり怖がったりする様子もなく、途中からはむしろ嬉しそうに私のあとをついてくる。犬によっては、これだけの深夜便の旅自体が、生涯のトラウマとなって残ることもあろう。しかも解放された直後だ。抱いて運んでもよかったのだが、回収すべき2個の脱衣カゴもある(このときの粗末な脱衣カゴ2個は今でも、ボール入れとして記念にとってある)。


それで片手で脱衣カゴを持ち、一方の手でユキ丸を引いたわけだ。思うに、ユキ丸は歴代の我が家の犬の中で、最も性格の穏やかな、人を疑わない犬だ。それが一方で神経質な小ユキとの組み合わせで、ずいぶんと幸いしている。ユキ丸の母犬も父犬も、聞けばとても穏やかな性格だという。性格的なDNAはかなり良質なものだ。外見はきわめて古典的な紀州の特徴を備えている。いわゆる三角目で顔もでかい。写真でよくお目にかかる紀州の標準的な姿をしているが、その性格には紀州特有の激しいところがない。


こうして楽しそうに、私の後についてきたユキ丸だったが、最後に車のところについて、小ユキと対面させたときだけは、そんな呑気な様子ではいられなかった。というのも、互いに外でご対面、となったところで、いきなり小ユキに「ガツン」と洗礼を食らってしまったからだ。小ユキはあるいは遊び半分だったのかもしれないが、いきなりユキ丸に激しく飛び掛ったので、私はあわてて制した。そのときユキ丸は「きゃんっ」と鳴いて、あわてて車の反対側に逃げようとした。


双方が落ち着くのを待って、私は両者を後部座席につなぎ、互いに届かないよう短くリードを絞った状態にして、走り始めた。けれども途中で幾度も小ユキの威嚇の声と、それに抗議するようなユキ丸の声が、車中にはこだましていた。集中を欠いて事故でも起こしてはたまらないから、ほとんど振り返らず運転を続けていたが、その間もユキ丸は小ユキに威嚇され続けていたのだろう。可愛そうな船出だった。


こうして、2002年6月8日から、我が家における紀州2頭飼育がスタートした。その8周年となる記念日も、あと3ヶ月後にはやってくる。逆算して再度、今日という日を振り返れば、当然のことながら「ユキ丸の誕生日」となるのだ。ユキ丸は小ユキと違って、生まれたと同時に春を迎えた。暦の上では確か3月5日は「啓蟄」(けいちつ)という。由来は「土の中から春を知った虫が這い出て来る日」だという。ユキ丸も春と同時に、この世に生まれてきて、穏やかな春の気候の中でスクスクと育った。性格が穏やかなことも、多少はこれと関係しているのかもしれない。


最後になったが、小ユキが「白梅号」という登録名を持つように、ユキ丸にも「鉄市号」という登録名がある。「鉄」の字は賞歴の多い祖父犬からもらったようだ。「市」の字は想像にすぎないが、3頭同胎子の中で唯一の雄犬だったからではないだろうか。どうかこれからも小ユキと仲良く、揃って健康で元気に長生きしてほしい。私の願いはただそれだけだ。



小雪丸稿 | 17:00 | comments(2) | trackbacks(0)
コメント
はじめまして。雪丸くんの鉄市の名は鉄系の名犬である二人のお祖父さん、鉄とM市から一字づつもらったのかなって思っていました。ももちゃんの血統書をみて、りっぱな血統だなと感心した覚えがあります。雪丸くん、お誕生日おめでとう。
from: 紀州犬大好き人間 | 2010/03/06 1:24 AM
>紀州犬大好き人間様

貴重なコメントをありがとうございました。確かに「もも姉さん」が同胎犬とわかったのは、その血統書を見たからでした。でも2、3回見たぐらいで、手元の血統書は、しまい込んでしまったので「市」の文字については、特に意識をしていませんでした。今度改めて確認してみます。ありがとうございました。

from: snowy | 2010/03/06 3:40 AM
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