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久々の晴天、春の予感


(東京、久々の晴天の朝、まだ寒いが春の予感) 


氷雨や雪のしばらく続いた都内だったが、11日の朝は久々に良く晴れた。
悪天候のため、しばらく離れていた城北公園。。。今朝は久々にいつもどおりの散歩コース。
舗装路の散歩はつまらないし、安心して歩けないのが都内だ。だから土や芝生の多い公園に来ると、やはり嬉しい。小雪丸だって仕草にそれが現れている。



(小ユキの尻尾の怪我もすっかり治った。お尻からちょっと失礼)


ということで、今朝は恒例の城北公園まで行き、そこからいつものCコースを周る。
そして、これも何度も書いた「ノーリード広場」に出ると、案の定、天気が良いので、3人ほどの「族」が遠くにいて、相変わらず看板を無視して、犬たちを放している。あの手の輩にとって、社会ルールとはいったい、どういう意味合いをもって、受け止められているのか?

もし自分が何らかの被害に遭えば、法的手段に彼らとて訴えるのだろう。それが法治国家というもののルールだ。しかし権利を主張するためには、義務も同じように果たさなくてはならない。彼らにはそれが少しでもわかっているのだろうか?それが「おおいなる子供」と、私が彼らのことを呼ぶ所以である。

不愉快な朝にはしたくないから、極力関わりたくはないが、ここは8年来の私と小雪丸の常設コースでもある。彼らが居座ろうがなかろうが、こちらが遠慮して迂回するような筋合いの話ではない。そう思いながら直進してゆくと、こちらが接近する前に、頃合よく散会して行った。結果良しである(笑)。




(ユキ丸も芝生の上に来るとテンションが高まる。今朝の引きも強い)


ノーリード族の去った丘陵で休憩をとり、数枚の写真を撮影する。今回も幾度となく撮影した背景とショットだ。全く同じ映像もすでにライブラリの中には保存されているのではないかと思いながら。。。
ともあれ「今日であること」が大切なのだ。この日、この時間、この天候、このそよ風、この土のにおい、この春の予感。。。




(小雪丸の犬生と私の人生。この瞬間だけは等価値の射影)


悪天候の続いた直後だけに、公園の芝生はところどころ凍りついて、雑木林の中を歩けば、まだ早朝なので、霜柱がサクサクと音をたてる。やがて陽が高く昇ればとけるだろうが、まだ日陰の地面は固い。ドッグランも2人ほどの利用者が所在なげに愛犬を放している。どこも晴天のわりには静かだ。あと少しすれば、散歩者の数も増えてくる頃なのかもしれない。




(冒頭の写真と同時に撮影した1枚。いつもこの休憩のあと、公園から出る)


最後はおきまりの西側広場で、束の間の休憩をとる。芝生の色も心なしか枯れ草色から、春らしい鮮やかな青になった。この時期は、時折、風に乗って沈丁花のほのかな香りがする。私が一番好きな季節の一つだ。まだ春ではない。けれども、もう冬ではない。どっちつかずの不思議な季節でもある。毎日毎日、小雪丸と散歩をしていると、いつしか「五感で季節を感じとる」ようになる。


人には難しいことかもしれないが、犬たちはいつも、ごく自然にそれを感じ取っているのだと思う。日本には四季がある。その恵みを一番感じることのできるのが、ちょうど今時分の季節だ。それが今朝はとても嬉しかった。



小雪丸稿 | 02:50 | comments(0) | trackbacks(0)
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