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先代犬ユキの命日


(1991.10.12 ユキが2歳の頃、長瀞、雨上がりの駐車場)

冒頭の写真を撮影したのは19年も昔のことになる。当時2歳だったユキの写真の中で、というよりも、その後も含めた歴代のユキの写真の中で最も好きな1枚がこれだ。この写真はモノクロではない。れっきとしたカラーなのだが、背景の木立は深い緑、雨上がりの暗い夕暮れ、白い車に白い犬。。。
ユキの姿がくっきりと、とても凛々しく、神々しく見える。
ユキは、この後、ほぼ10年を我が家で過ごした。2002年4月11日に天に召されるまで。ちょうど8年前の今日のことだ。今日はユキの命日なのである。

どうかと思ったが、ここに病に伏せったときのユキの写真を並べるのはやめた。
それよりも、まだ1歳の頃の溌剌とした姿を再録して、20年前の元気な姿で、生前をしのぶ縁(よすが)としたい。



(1990年9月1日、岐阜、中津川渓谷。ユキまだ1歳の頃)


ユキは20年ほど前に、我が家のまん前の畑で保護し、そのまま飼い始めた紀州系の雑種である。
その後12年半の歳月を共に過ごして、他界したのが8年前となる2002年4月11日のことだ。
つまり今日が8回忌ということになる。

実は気のきいた記事を準備するつもりでいたのだが、あいにくこの2日間、すっかり体調を崩してしまった。そこでやや即席の記事を上げることになってしまい、まことに不本意である。




(1990年9月1日、これも同じ。ユキまだ1歳の頃)

2002年元旦の朝の散歩で、突然ユキが立ち竦むようになってから、病院を変えたり検査をしたりで、およそ3ヶ月に及ぶ闘病の後、4月は越せない、という医師の診断どおり、8年前の今日、15時45分頃、ユキは天に召された。12歳半の生涯だった。病名はひとことで言えば臓器の癌に相当する。だがここではあまり触れたくはない。

平日だったので、朝の散歩(といっても家の近所をやっと歩くだけになっていたが)を、その日もユキは私と済ませた。しかしどうしたことだろう、この数日殆ど食べていないこともあって、ずっと便秘だったユキが、この日の朝だけは、固い排便を一切れだけ落とした。
よろよろと歩くのがやっとだったけれど、ユキは最後まで自力で腰を落として排便をした。私はそっと手を添えてはいたものの、支えているわけでもなかった。

こうして私は出勤し、やがて早退して再び戻ってきたのが午後3時すぎのことだ。ここ数日は会社を早退して、毎日ユキを点滴に連れて行くようにしていたのである。
その日も同じように帰宅し、ユキの様子を覗き込むと、いつものように反応がなく、グッタリとしている。

あわてて、病院に車で運び込んだが、点滴の針を射したときのショックで「グッ!」呻くと、人工呼吸の甲斐もなく、そのまま逝ってしまった。それまでの闘病と比べると、誠にあっけない最後であったと今でもときどき思い出す。

連れ帰って家族で通夜を営み、翌日の昼過ぎには、移動火葬車に来てもらい、12年半を共に過ごした駐車場の中で、家族立会いのもでと火葬にした。ワゴン車内のボイラーで処理するのだが、ユキの骨は健康で硬く普通よりも時間がかかると言われた。

骨も自ら拾った、係員はちゃんんと骨の部位についての説明もしてくれた。目の前で全て骨壷に納められ、昨今、ニュースにもなった正丸峠事件のようなことはなく、間違いなくユキの骨は、いまも我が家のリビングに、そのまま置かれ、線香も絶やしたこともない。




(1990年8月30日、これも同じ20年前の夏。ユキまだ1歳の頃)

ともかくユキの葬儀を出した日は、例年になく寒い一日であって、ちょうどユキの魂が天に上ってゆくころは一時的だが冷たい雨も降った。庭には満開のハナミズキの花がきれいで。その白と薄桃色の2種類の花を、ユキには通夜〜火葬〜位牌に至るまで、ずっと飾り続けた。
ユキは12年間をずっとこのハナミズキの木の下で過ごした。いわばユキの花なのである。
しかし今年もユキの命日が、こうしてやってきたけれども、まだ庭のハナミズキの花が咲かない。それだけが少し寂しい。。。



初代紀州 | 05:50 | comments(0) | trackbacks(0)
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