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正丸峠・遺骨回収最終日のこと




伴侶動物死体遺棄、被害者の会による連休中の遺骨回収作業に、微力ながら参加してきた。4/29〜5/5(うち4/30〜5/1除く)の作業日程中での最終日に当たる5日。参加の事前連絡は入れていない。諸般の事情から参加を決めたのは、当日の朝になってからのことだ。


私の住まいは練馬区なので、有楽町線から西武池袋線に接続し、飯能経由で小丸駅まで、およそ2時間弱の所要時間となる。11:30正丸駅集合とあったので9:40頃に出て、ちょうど集合時刻に正丸駅に着いた。





今回は連休の渋滞や混雑を予想して、車ではなく電車を使うことにした。正丸峠までは被害者の会の方が車で往復すると、公式ブログ記載(http://fblg.jp/inochi/)の内容に従うことにした。しかし結果論になるが、正丸駅の駐車場は意外と空いていたようだ。


正丸駅の改札を出ると、売店の前に10人ほどの集団がいる。うち2〜3人は、被害者の会結成の当日、見掛けた方だったので、回収に参加する旨伝えて、聞かれた名前だけを名乗った。下り電車がその後、11:55にもう1本来るので、それまで待つこととして、その後は5台の車に分乗させてもらい、正丸峠の現場へと向かう。結局、本日の参加者は全部で16名(男性5名)ということになった。






現場に到着して、作業に着手したのは、すでに12時半を少し過ぎた時刻だ。これまでの連休中の作業で、日々、回収場所を変更しながら作業を続けてきたようで、本日はここから、という予定の場所に集まり、まずはガードレールから崖下にロープを張り巡らすことから始める。





先発隊の男性が、まずはロープを木々に絡めながら下ってゆく。同じようなロープを2箇所に落とした。今回の崖は急なところでは、傾斜角40度ぐらいはある。全てが同じ勾配ではないが、スキーなら上級者コースの頂上から下るようなものだ。一帯が全て杉林となっているから、ところどころで木の幹に掴りながら、ロープに沿って急斜面を下ってゆく。

この斜面、下る方が大変だし危険も大きい。昇るときは確かに体力は使うが、まだ何とかなる。しかし急勾配ではもはや、立っていられないので「四足で昇る」ような感じだ。実際、軍手をした両手を前についてしまえば、強引に昇ることは可能だ。しかし折からの天候もあって暑く、かなり疲れた(笑)。





問題の遺骨は、最初はなかなか見つけられなかった。しかし黒いビニール袋に入れて投棄されたものが多いことから、目星をつけたビニール袋周辺を探すコツがわかると、少しずつ発見のペースも上がってくる。

鬱蒼とした杉林の中を踏みしだいて、堆肥のように積もった地面に目を凝らし、静寂の中で、投棄された犬たちの無言の声を聞き取ろうとする。最初はかたまっていた参加者も、中腹まで降りると、あとは次第に散会して行き、周囲には誰もいなくなるときもあった。





この日、自分で初めて見つけたのは中型犬と思われる頭蓋骨だった。見事な歯もそのままに、埋もれることもなく堆肥のようになった赤茶けた地面に、まるで回収を待つかのように置かれていた。すでに長期間風雨にさらされ、日に照らされ、骨自体は真っ白な石灰のような感触であり、その印象は意外なほど無機質なものだ。


もっと悲惨な状況を想像していただけに、この無機質さは逆に有難かった。しかし中には長期間ビニル袋が破れることもなく、半分地面に埋まっていたような遺骨もあって、それらの場合は、黄色や茶色に変色しており、やや正視しがたいものもなかったとは言えない。


そうは言いながらも、この時点で、遺骨回収の頻度は、それほど高いわけではなく10分に1〜2個程度のペースで見つけては拾ってゆく。大型犬の大きな頭蓋骨もあったし、骨盤のような骨もあり、見慣れたイメージの、所謂、棒状の骨も多数あった。足や腕に相当する部分だろう。


ポツンと探し出されるのを待っていたかのように、単独で拾われる骨もあったが、細かいものが集まって、半ば埋まっているような所もある。最初は棒キレで地面を突いていたが、そのうち面倒くさくなって、後半は殆ど軍手の掌で地面をかき分けていた。





作業は途中で1回、場所を移動して再び新しい場所から崖を下り、第2ラウンドに移った。これまでの4日間も、こうして少しずつ場所を移動ながら探し続けてきたらしい。目ぼしいところから優先して始めているようだから、次第に発見のペースは落ちてきているのだろう。


むろんこの一日をもってしても、全ての疑わしい崖下を調べ尽くすことは出来なかった。当然である。正丸峠は長い。その全域を見渡したとき、今回の犯人が、どこからどこまでを投棄場所としていたかは、その歳月が10年以上に及んだと言われている今、本人の記憶をもってしても、聞きだすことは不可能だろう。それほど投棄場所は広範囲に渡っている。


こうして連休最終日の回収作業も、午後3時をもって切り上げることとなった。崖下から四つん這いになって、どうにか這い上がり、さて車道に出ようと思ったら、そこは縁石が高すぎ、3メートルほどもあって、昇り切ることが出来ない。やむなく迂回路をとって、ようやくガードレールを乗り越えた場所は、最初に下った場所から100メートル近く離れた場所だった。どこでも歩けるような場所ではないのである。





杉林の中は朽ちた木々が横倒しになって、行く手をふさぎ、足元は堆肥のような軟弱な地盤で極めて歩きにくい。これが雨天の直後ならば最悪だろう。苔生した地面を掘り返すと特有のカビの臭いがする。投棄されたビニール袋は、大半は車道から乱暴に投げ捨てられたときの衝撃で破れており、またそれを免れたものも、長い歳月で脆くなって破れ、いずれも杉林中腹の幹に引っかかって止まり、あるいは半分土砂に埋もれた状態で散逸している。その一つひとつを引き出し、破いては中身を確認していく。


中にはペットシートのようなものが丸まっており、死骸に添えられていたであろう小型犬の洋服などもあった。不法投棄の場所であるから、数は少ないものの、むろんテレビやレンジのような家電製品も転がっている。これを捨てた者は、また別にいるのであろう。全く日本人のモラルは、いつからここまで地に落ちたのだろうかと思う。




ともかく3時の回収終了を得て、さらなる回収はまた後日、被害者の会で相談して日程を組むのだと言う。全員が崖下から這い上がるのを待って点呼を行い、16人全員の無事を確認した後に、来たときの駐車地点まで戻った。


最後に被害者の方が線香を上げると言う。これまでの連休中の作業で回収した遺骨は全て一箇所にまとめられ、丁寧にブルーシートで包まれて保管されている。聞くところによると一定のキロ数に達するまでは供養に出せないそうだ。シートに包まれて全容は見えなかったが、大きさから判断するなら、現時点で数10キロといったところだろうか。ちょうど人間一人分ほどの量に思えた。





そのブルーシートの前に線香を手向けて両手を合わせる。山火事が怖いので飯能市からも原則、献花や供養のための線香は禁止されているのだそうだ。だから合掌のあとは入念に火を消して立ち去る。


来たときと同様に分乗して、峠を下り正丸駅まで戻り、解散して上り電車に乗ったのは5時少し前であった。こうして小丸峠往復の4時間と、現地での5時間を含め、ほぼ9時間の遺骨回収作業は終わった。俗に「骨を拾う」という言葉はどこでも使われるが、実際に言葉どおりの体験をしたのは、さすがに私も初めてである。


先代犬ユキの葬儀では、むろん直接その骨を拾って骨壺にも納めてはいるが、それと今回のこととは全く次元の異なる話だ。今回の経験で、太平洋戦争の激戦区で戦士した兵士の遺骨を探すご遺族の思いまでもが、なぜか(少しだけ)わかったような気がしている。人間はどんな経験からでも何かを学ぶものだと、改めて思った。今回の被害者の会の方々も、これから様々なことを学ばれるだろう。おそらく、この道は険しく、そして長い。

 



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