<< 動物愛護情報とTwitterでの拡散 MAIN 飼い主急逝で残された紀州2頭のその後 >>
小ユキがやって来た日



(2010/5/31 朝散歩途中の休憩 右が小ユキ)


以前2月1日と3月5日のブログ、小雪丸・誕生日の記事でも、すでに触れたことだが、今日6月1日は、小ユキが我が家にやってきた記念日。ちょうど8年が経過したことになる。


8年前の今日は週末の土曜日であり、その2日前の会社の帰り、下見を済ませていた私は、朝から車を出し都心へと向かった。行き先は都心のど真ん中、国際色豊かな市街地にある某ペットショップだった。


普通なら、このようなスタイルの店に紀州の仔犬などは扱われてはいないはずだったが、なぜか小ユキはその店にいた(笑)。しかも賞味期限ギリギリとも言える月齢4ヶ月という瀬戸際のところで。




(階段の上から内庭を見下ろす小ユキ)


しかも初対面のとき、小ユキにはマズルに3センチほどの浅いけれども目立つ傷痕もあった。私は敢えてその傷の理由を問いはしなかったが、何かいわくあり気に感じたものだ。そして当時の小ユキは、とにかく痩せていた。それらの状況に鑑み、私は小ユキが、何らかの理由で、取り寄せてはみたもののキャンセルされた犬ではなかったかと感じでいた。

しかしながら、小ユキは糸よりのように痩せてはいたが、骨格はしっかりとしており、筋肉もしまっていた。そして私は経験から知っていた。幼犬のときにはこのように痩せていても成長の過程次第で、引き締まった姿の良い成犬となることがあるのだと言うことを。

先代のユキの時代、近所にやせ細った貧相な仔犬がもらわれて来た。毎日、散歩の道すがら、その犬の成長する過程をつぶさに見ていた。その犬は最初のうちは頼りなげに見えたが、ある頃からか、極めて精悍な容姿の良い日本犬に変わって行った。成犬になってからは、かつてのような貧相な面影はもうなかった。そのことを当時の私は思い出していたのだと思う。


(城北公園の広場にて 手前左が小ユキ)


ともかく、こうして土曜日の午前中に、私は小ユキを引き取りに行った。小ユキはきれいにシャンプーを終え、ピンクのリボンを首に巻いてもらった姿で連れてこられた。そのときから小ユキは我が家の家族となったのである。唯一残念なのは、そのときの写真が撮られていないこと。そして当時撮影したその後においても、一番可愛かった時期は「写メール」の小さな写真しか残されていないことが残念でならない。確かデジカメの調子が悪く起動できなかったのだと思う。それで写メールだけに頼ったのだと。。。


こうして、私は小ユキを車の助手席に乗せて、街中を走り始めた。小ユキは誇らしげな顔つきで、ダッシュボードに両手を添えて立ち上がり、過ぎてゆく街頭の風景を見ていた。時折、道行く人々が小ユキを指差して通り過ぎてゆく。私にとっては小ユキの原風景のようなひと時がそこにあった。


(小ユキはよく足を投げ出して座る 笑)


しかし小1時間ほど走行して、自宅付近まで戻った頃、小ユキは突然助手席で蹲り、その朝食べたであろう未消化物を全て吐いてしまった。まだ車での移動には不慣れだったことも災いしたのだと思った。しばらく車外に連れ出し、数分の休憩をとった後に再び走行し我が家へと戻った。


練馬の自宅に戻るとまず水を飲ませ、早速、隣接の駐車場に放し、少しボールなどを投げて遊んでやった。それから先代のユキが使っていた犬小屋を調べさせた。ここが当面の小ユキの住まいとなる。実は小ユキは諸般の事情で、最初から室内飼育だったわけではない。我が家に来て最初の夏、6〜8月のみ屋外犬として過ごしたのである。それはユキ丸も同じだった。我が家の2頭・室内飼育が始まったのは、3ヵ月後の9月になってからのことであった。


この写真はかつて「最初の2年/百枚の写真/我が家の躾」
と題する記事の中でも紹介している。下記のURLの記事。
http://dog.kishu.us/?eid=127
http://dog.kishu.us/?eid=128


写メールを並べた写真の上段3枚目と4枚目が、初めて駐車場でビニルボールを投げて遊んだ6月1日の小ユキの姿だ。5枚目がその翌日。1枚目と2枚目は私が下見にいったときの店内によるもの。(下段はユキ丸が来た日以降で1歳頃までの写真となる)

 

以上が8年前、2002年6月1日の記憶である。付け加えておくとするなら、小ユキは群馬県は新田の生まれ。たぶん地元の実猟犬を親犬に持つ7頭同胎子(雄5・雌2)のうちの1頭である。地元ブリーダから何らかの伝手を経てバイヤーの手で都心のペットショップに引き取られ、そこで紀州を探していた私の目にとまった。


小ユキは所謂、ショウドッグの血筋ではない、ユキ丸のような最もオーソドックスな紀州標準からは、若干の亜流にあることがわかる。目の形が丸いし、性格は極めて実戦向きの雰囲気を感じさせる。そして実際のところ喧嘩も強い。ユキ丸と違うのは、首筋から胸にかけて撫で下ろしてみることでわかる。首の筋力が強く胸骨が発達して盛り上がっている(ユキ丸の胸骨はむしろ凹んだようにすら感ずる)。非常に硬い筋肉質の身体をしているのだ。


(何事もなければ終始寡黙だ 左手前が小ユキ)


性格は決して温厚とは言えない。女だてらに気が強く、神経質な一面もある。それだけに細やかで賢い。であるからへたな飼い方をすれば問題児となるタイプだったかもしれない。初対面のときは異常にテンションの高い、落ち着きのない姿を見せていたが、往々にしてこの手のタイプにその傾向がある。だがしかし、我が家での躾については失敗はなかった(フレンドリーでないことは仕方あるまい)。


小ユキな普段は非常に寡黙な犬だ。外敵を察知したときだけは唸るが無駄吠えは一切しない。だからユキ丸のように陽気に吠えることも滅多に見たことがない。概ね警戒心が強く他人にはなつきにくい。それもユキ丸とは対極にある。「一銃一狗」の典型であろう。私や家人には従順である。だが殆ど媚を売るようなこともせず、むしろ孤高の立場をとる。

警戒心の強い小ユキであるが、なぜか室内での睡眠は極めて無防備な姿をしている。しばしば写真のような「天へそ」の姿で寝る。陽気なユキ丸が逆に蹲って寝るのと逆対象的な姿であるのが不思議だ。


(神経質なわりには、よく無防備で寝ている)


そして以前も書いたが、小ユキの生年月日は2002年2月1日である。まだ寒い群馬の山あいにも、きっと早めの梅の花が咲く頃だと思う。それでかどうかは定かではないが、小ユキの登録名は「白梅号」と言うのだ。良い名前をつけてもらったものだと、毎年この季節になると思う。

 

こうして8年前の今日、我が家では小ユキを、先代ユキの後継として迎えた。ユキの命日は4月11日であったから、ちょうど四十九日を過ぎたばかりの薄曇りの日だった。そしてそのちょうど一週間後、6月8日に、今度はユキ丸が我が家にやって来ることになる。そのことについては、また来週「ユキ丸がやって来た日」と題して登録することにしたい。

 



小雪丸稿 | 01:13 | comments(0) | trackbacks(0)
コメント
コメントする








トラックバックURL :
トラックバック
COMMENTS
CALENDAR
<< August 2019 >>
SunMonTueWedThuFriSat
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
PROFILE
SEARCH BOX

kishudog on Twitter
Follow kishudog on Twitter
小雪丸の本棚