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ユキ丸がやって来た日



(2010/6/3 朝散歩途中の休憩 手前がユキ丸)


先週「小ユキがやって来た日」http://dog.kishu.us/?eid=246 でもすでに触れたように、今日(いまとなっては昨日)6月8日は、ユキ丸が我が家にやってきた記念日。ちょうど8年が経過したことになる。それは同時に「小雪丸の2頭飼育が始まった日」ということでもある。この日から2頭は、片時も離れたことがない。


ユキ丸のワクチンが完了するまでのごく短期間だけは、小ユキのみの散歩に出ることがあり、また一方が急性の下痢をしたときのみ、一方だけを散歩に連れ出すような稀なケースもあったが、そのごく短時間を除けば、小ユキとユキ丸が一緒にいなかった日は「ただの一度もない」ことになる。こうして8年間、常に互いの姿を身近に見ながら過ごして来たのである。


私は何をさせるについても「必ず同時に」行ってきた。それは発情期下の散歩すら例外ではない。それが、いかに大変なときであっても、一緒に連れて歩いた。(笑)
ユキ丸の誕生日にも書いたことと重複するかもしれないが、ユキ丸がやって来た日のことを思い出している。この原稿を起こしているのは、ちょうど8年前、ユキ丸を迎えに出掛けたときと同じ時刻だ。




(室内で手元のおやつを見上げる。。。左がユキ丸)


その朝はやはり薄曇の朝(後に晴天となった)、私は夜明けとともに車の助手席に小ユキを乗せて、ユキ丸を乗せた深夜便が到着する予定の和光市の集配センターに向かった。ユキ丸は前日の夜に、三重県の亀山で深夜便に託され東京に向かっているはずだった。


確か到着は午前6時ときかされていたから、私は早めに家を出て、和光市周辺で小ユキを散歩させながら、ユキ丸の到着を待つはずであった。だから午前5時すぎには、すでに集配センターの脇に車を止め、小ユキと共に散歩をしながら到着を待ったのである。


小ユキを連れて来たのは「出会いのための配慮」でもあった。1週間とはいえ、すでに小ユキにとっては我が家がテリトリーである。そこで初対面させるよりも、全く別の場所で会わせ、連れ帰るほうがよかろうと判断したためだ。


しかし定刻の6時を過ぎても、待てど暮らせどユキ丸を乗せた深夜便はやって来ない。心配になった私が事務所に行き、その状況を問うと、ようやくその理由がわかった。説明によれば、何らかのミスで、ユキ丸の入ったケースは、和光市よりも手前の西台の集配センターで下ろされてしまっていたのだと言う。


次の便で再び拾い、和光市に来るから1時間ほど待って欲しいという話だった。けれども西台のセンターまでは、迎えに戻れば30分ほどもかからない。そこで、迎えに行くことを告げて、今度は西台目指して車を走らせることになった。


しかし不覚にも道に迷い、結局、当のセンターに到着したのは1時間後となってしまった。それでも黙って待つよりは、自宅に近い位置まで戻ったことになるので、その後の帰宅時間は短縮されることになる。


そして小ユキを車の中に待たせて、足早に事務所に駆け込むと、ユキ丸を入れたケースは運転手たちが頻繁に出入りする通路の入り口付近に無造作に置かれていた。可愛そうに、こんなところで2時間も待たせてしまったのかと思った。


そして、そのケースというのが、また何ともいえない代物だったので唖然とする。それは小さなビニル製の脱衣カゴを2つ、上下つき合わせて中にユキ丸を入れ、周囲をガムテープでぐるぐる巻きにしたものだったのである。


ケースの中でユキ丸は、じっと「伏せの姿勢」で我慢していたことになる。立ち上がるだけの高さはない。そしてケースの中にはウンチも漏らしていた。ひどいものだと思いながら、私は急いでガムテープを解き、ユキ丸を出してやった。それでもユキ丸は自由になると、いったん身震いをし、何事もなかったかのように私の差し出した手を舐めた。


初対面の人間に対し、警戒心も全くないのである。このときこの仔犬が非常におおらかな性格であることがわかった。荷崩れなどがなくて本当によかったと思いながら、私は2つの脱衣カゴを片付けると、それを(記念に)片手に持ち、もう一方の手で準備してきたリードと首輪をつけたユキ丸を引いた。


そして短く「おいで!」と言っただけで、ユキ丸は嬉しそうに私のあとに従うのだった。これは「とても気質の良い犬だ」と、親ばかかもしれないが、直感的にそう感じたのである。そして8年たった今でも、その思いは変わることがない。




(公園散歩の指定席、置き石の上。。。左がユキ丸)


駐車してあった車のところまで戻ると、私はまず片方のドアにユキ丸をつないで、車内に待たせてあった小ユキを反対側のドアから出して、ユキ丸のところまで連れて行った。これからずっと共に暮らすのであるから「仲良くな!」そう念じながら、両者を近づけたのだったが。。。


ところが次の瞬間、小ユキは一声唸ると、いきなりユキ丸に乱暴に飛び掛ってしまった。その手荒い洗礼を受けて、ユキ丸は短く「キャン!」と鳴いて必死に車の下に潜り込もうとする。私は慌てて小ユキを止め、ユキ丸のそばにかがみ込むこととなった。その後、帰宅するまで、後部座席の両端に遠ざけてつながれた2頭の間には、威嚇とも抗議ともつかぬ仔犬同士の怒号が飛び交っていた。後ろを振り返ると危険なので、私は時折、ミラーを覗き込みながら、ハラハラと運転を続けた。これが小雪丸の初めての出会いである。


帰宅すると、また小ユキのいじめが始まるといけないので、いったん小ユキを内庭となる側につないで、ユキ丸を駐車場(現在のミニマムドッグランの側)で、少し遊ばせてみた。すっかりしおれているかと思いきや、以外に立ち直りの早い一面を見せ、私が投げるボールで楽しそうに遊ぶ姿を見せたのには、胸を撫で下ろした。





(再掲になるが、我が家に残るユキ丸最初の写真、2002/6/8の夕刻)


しかし小ユキへの配慮も必要であるから、所を入れ替えて、今度はユキ丸を内庭につなぎ小ユキを駐車場に出して遊ばせ、そうして交互に遊ばせながら様子を見るようにした。いずれにせよ、次第に互いの存在にも慣れて小ユキの威嚇も収まったことは事実である。しばらくは慣れも必要だが、仲良くできないはずはないと思った。


ともかくこの時点で、1ヶ月分の体格差がある(小ユキ4ヶ月、ユキ丸3ヶ月)ことだけは、如何ともし難い。いずれ体格差が詰まるにつれ、また両者の関係も変わってくるだろうと、そのときは思って見ていた。(しかし結論をいうならば、初対面のトラウマはいまでも生きているのかもしれない。ユキ丸は今でも小ユキには頭があがらない部分がある)

こうして8年前の6月8日に、我が家の紀州2頭飼育は波乱のスタートを切った。それでも様々な工夫を凝らしながら、私は小雪丸の体格が同じになるまでの期間、およそ2ヶ月ほどをかけて、この2頭が互いを伴侶と認め、仲間として認めるに必要なあらゆる試みを続けた。そして結果良し、、、今日では乱暴に争うことはあっても、それは決して喧嘩ではなく遊びの延長に過ぎないと言い切ることができる。


しかし、そこに至るまでには、一瞬、血をみるようなきわどい出来事もあったのである。そうしたケースについては、また別の機会に書きたいと思うが、成長過程の2歳頃までは時折不安定で危険な一時期もあった。けれども全て乗り切った今は、そのようなこともない。


さて、ユキ丸が来た当日に再び話しを戻すと、小ユキは先代ユキの犬小屋を与えていたものの、急遽迎え入れることとなったユキ丸のための犬小屋がまだなかった。そこで発注した犬小屋が届くまでのしばらくの間、ユキ丸は我が家のワンボックスカーの中が仮の棲家となったのである。左側の後部スライドドアを解放したままとし、そこに昇り降りできるようにユキ丸をつないだ。およそ一週間ほどはそうして過ごしたのである。しかしその間に助手席のシートは、、、やはり破壊の対象となった(笑)




(散歩中、よそ様の駐車場でも構わず休憩。右側がユキ丸)


ユキ丸の誕生日(3/5)の記事に、なぜユキ丸が急遽、我が家に来るようになったかについては書いてあるから、ここではそのいきさつを繰り返しはしないが、ユキ丸は福井県勝山市の生まれ、3頭同胎子の♀2♂1で唯一の男の子だった。♀1が実家に残され、残る2頭が三重県のバイヤーに引き取られたのである。私のところへは、その三重県からやってくることになった。ちなみにもう1頭の♀は、モモと名付けられ三重県鈴鹿に行った後に今は大阪に移されている(このことも過去記事に書いた)。


そしてユキ丸に関しては、偶然のネット上の記事によって、その幼犬時代の写真を入手することもできた。そのことに関してはすでに過去記事「奇跡的な出会い」http://dog.kishu.us/?eid=124 の中に書いているので参照していただきたい。




(これも再掲となるがユキ丸生後一箇月の頃、中央がユキ丸)


ユキ丸の生家は、俗に言うところの典型的なブリーダの犬舎だ。聞くところによると、日本犬、紀州犬保存会の中でも高齢の重鎮であると聞いた。それだけに外見もさることながら、良い気質を選びながら慎重な繁殖をされていたのではないかと思う。ユキ丸の穏やかでおおらかな性格は、とても良いDNAの継承を感じさせる。祖父犬2頭から1文字ずつをもらって登録名を「鉄市号」という。確か父方の祖父が「鉄号」、母方の祖父が「孫市号」といって、そこそこの名犬?だったようだ。血統書を出して確認していないので、もしかすると多少の誤謬があるかもしれないが、大筋はそんなところである。


その点でもユキ丸は、どちらかというと品評会向けの系列と言えそうである。けれども私自身は全く、その方面には興味がなかった。優劣を他と競うまでもない。先代のユキを除けば、私にとってのユキ丸は常に最高の紀州♂であるし、同じく小ユキは常に最高の紀州♀なのだから、比較すること自体が無意味である。常にそう思ってきた。


いずれにせよ、こうして2頭飼育が始まったときは、小雪丸はともに敷地内の屋外飼育でスタートした。そしてひと夏を過ごし、故あって室内飼育に切り替えたのは秋風の立つ9月の半ばだった。その最初の夏は毎日、散歩が終わると駐車場で「交互に遊ばせ」一方が遊ぶときは、一方を私が抱き上げていた。まだその時期は小ユキが体格差で勝り、ユキ丸を「いじめた」からである(笑)。思えば苦労の耐えない「始まりの夏」であった。少しずつ仲良く遊べるように誘導していった一時期。。。それが今はとても懐かしく思い出される。

 


PS..この記事を何とか6/8中にアップしようと思い早朝に半分までの原稿を書いたが、諸般の事情で後半を書くのが夜遅くなってしまった。それで記事の登録は誠に遺憾ながら24時を過ぎることとなった。ユキ丸には申し訳なく思う。6/9になっちまったねぇ(笑)


 



小雪丸稿 | 00:39 | comments(4) | trackbacks(0)
コメント
うう〜〜ん。

重いですねえ・・・
心にずっしり来る・・・。

迎え入れたときの飼い主の思いはどなたもおんなじ、
思い入れがありますね。
そして、決してその日のことを忘れない。

つくずく・・宝物だと思います。過去も含め
今も直・・・。

これからの、ユキ丸の幸せを、祈っています。

ユキ丸・・記念日おめでとう!
パパのところに来てくれてありがとう・・・ですね。
from: yuki | 2010/06/09 10:22 AM
ユキ丸君、記念日おめでとうございます!!
小雪丸ちゃんが仲良くなるまでには色んな事があったのですね。
snowyさんの子育てには、いつも関心させられます。
素晴らしいですね!

ユキ丸くんの赤ちゃんの時の姿は、ムクムクでぬいぐるみのようでカワイイですね♪
snowyさんのお宅に来てからの写真のお顔、武蔵も同じ様な表情をしている時がありました。
今ではすっかり男らしい凛々しいお顔になって。
頼もしいですね!
from: 武蔵の母 | 2010/06/09 3:47 PM
すみません!別荘の設定ミスにいま気付きました(笑)

なぜ今回はわざわざ本家のブログにコメントを下さるのかと思って不思議でした。それでもしやと思い確認したら、勢いでコメント拒否にチェックを入れていたんですね。武蔵のママ、ゲンのママ、ごめんなさい。この本家はコメント承認にしており、慣れない中でお手数をおかけ致しました。お詫びします。いまさらですが、別荘もコメント拒否を解除しました。(笑)


小ユキとユキ丸が上手に遊べるまでには、他にもリードが互いにようやく届く距離を保ってつなぎ、どう反応するかを見ながら少しずつ距離を詰めていったり、様々な試行錯誤を繰り返しました。体格差で勝る小ユキが、ユキ丸をいじめるという図式がなかなか解けなかったのです。
それでもユキ丸は、それに堪えて、いじけることもなく、素直に育ちました。とっても気質に優れた雄犬なんです。(笑)

from: snowy | 2010/06/09 5:01 PM
管理者の承認待ちコメントです。
from: - | 2010/06/20 2:53 AM
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