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正丸峠遺棄死体の共同墓地・献花式にて




正丸峠遺棄死体の共同墓地が完成した。「正丸峠に犬の大量遺棄死体 2010.03.31」http://dog.kishu.us/?eid=200 と題した記事を、初めてこのブログに書いた日から、ほぼ4ヶ月が経過したことになる。このときはまだ事件の全容は謎に包まれていたが、その後、急転直下、飯能市内の火葬業者による遺体遺棄事件であることがわかり、犯人逮捕・起訴、マスコミ報道、被害者の会の結成、遺骨回収作業、共同墓地の設立とめまぐるしく事態は進展した。


「伴侶動物死体遺棄、被害者の会 公式ブログ」
(すでに献花式の記事が出ている)
 http://doubutuinochi.blog106.fc2.com/


そして昨日(7/25)は、ようやく完成した共同墓地における「献花式」の当日だった。被害者の会より事前のお知らせも頂き、ひとつの節目とも思うところあって、私も参加させていただくことにした。今回の事件を、一番最初に私に教えてくださった紀州仲間「さくらセンパイ」のご夫婦も同行されるという。偶然ではあるが、我々は同じ町内に住んでいるのだ(笑)。


「拝啓 さくらセンパイ」
(こちらにも、すでに献花式の記事が出ている)
 http://ameblo.jp/haikei-sakura-senpai/entry-10600918702.html


新しい共同墓地の場所は、埼玉県毛呂山の「武蔵野ペット霊園」である。車で行くとおよそ90分ぐらいの距離になるので、11時の開催に向けて練馬を午前9時に出ることにした。余談ではあるが実は若干、道に迷った。ご主人の適切なナビゲートのお陰で事なきを得たものの、私一人であったならば、あるいは遅刻していたかもしれない(笑)。





事件のあった正丸峠(A:飯能市)と、この武蔵野ペット霊園(B:毛呂山)とは、直線で約15kmの比較的至近距離にある(GoogleEarthの地図を参照)。本当は現場に共同墓地を建てたいというのが、被害者の会の方々の意向であったが、行政の許可が出なかったとも聞かされている。そうした思いへの配慮かもしれない。


共同墓地の場所は、新しく造成されたエリアらしく、一般の墓石の並ぶ奥にあって、鮮やかな芝生に囲まれていた。大きな墓石の前に献花台を設けテントが張られている。すでに沢山の花が置かれていた。墓石に刻まれた墓碑銘には「永遠に愛する命〜ここに眠る〜」とある。尽力された方々にあっては万感の思いであろう。



献花式が始まり、献花台の前に100余名ほどの参加者が集い、被害者の会の方々の式辞を聞く。遺骨回収できたものは500遺体ほどになるが、それはまだ一部にすぎず、残された遺体はまだ正丸峠のどこかに眠っていること。遺体引取り時の被告に対する無念の思い。もはや回収すら不可能と思われる遺体のこと(犯人は大きな犬は投棄したが小さな猫はゴミ処理すらしていた)。そして時には一部の遺体を自ら焼き、それを他者への返骨時の偽装にまで使用していたこと。文字にするのさえ躊躇われることばかりだ。

通り一遍の式辞ではなく、いずれも心痛む話ばかりであることが、この事件の奥深さを物語っている。献花を済ませ、およそ30分ほどで式典は終わった。真夏の日差しが暑い。。。喪服姿の主催者の方々はさぞ辛かっただろう。





改めて思うことだが、この話はどこか他所の世界で起こっていることではない。そしておそらく同じような犯罪は全国的に見れば、まだ摘発もされぬままに眠っているはずだ。正丸峠の事件は、それでも幸いなことに、1個人の意を決した行動によって裁かれるところまで来たが、そしてマスコミの目にもとまり、報道されることによって周知の事実となりえたけれども、まだまだ、こうした実態など何も知らぬままの人も多い。


私自身も個人的な情報のツテがなければ、仮にTVの報道番組を見て、小さな新聞記事に気付いたとしても、おそらく、それ以上の関心は払わなかっただろう。人間というものは所詮そういうものだ。何か身近に感ずるキッカケがなければ、それ以上踏み込んでみることもしないとわかっている。


世に多くの動物愛護団体もある今日、少なくとも「生きている命」に向き合う人々は多い。そして、その活動がいつか報われる日が来るのかもしれない。だから、その人たちは言うだろうか?「生きている命を救うことを優先すべきだ」「失われた命を顧みている暇はない」と。





けれども、今回のような事件を身近に知るようになると、生き物の命(特にペットと呼ばれる命)に対するアプローチは、「生きている命」も「失われた命」も、実は「車の両輪」であることがわかる。「失われた命」を尊び、それを見送った人々の心に平穏をもたらすことが、動物愛護にも別の側面からの改善を促す。命のサイクルを監視する制度は、生まれた瞬間から始まり、それが生涯を通じて大切に扱われ、その死後も正当に保証されるもの、でなくてはならないだろう。


だからこそ、動物愛護法の改正についても、1頭1匹の命をその生涯を通じて監視する仕組みが必要なはずだ。少なくとも今回の事件は、その生涯の「出口」となる部分に対して、新たな一石を投じた意義ある出来事であったはずだし、その波紋が、2012年公布に向けた改正案に与えたはずの影響(火葬埋葬法等)は大きい。少なくとも今後は無許可で、怪しげな火葬業は営めなくなる。


こうして今回、埋葬された500遺体(そしてまだ山中に眠っているはずの遺棄された遺体)が、これから生まれて来る命をも見守る礎となるなら、たとえ僅かでも、被害者の方たちの心も癒されるだろう。





そして奇しくも今日7/26は、事件の被告に対する結審の日だ。被害者の会の方々は早朝より、傍聴券を求めて地裁前に並ぶと言う。このブログをアップする時刻には、もうすでに自宅を出ていることだろう。共同墓地は出来たが、まだこれから先の道のりは長い。
私たちに今出来ることは、この事件を風化させずに、これから先も見守っていくことだと改めて思う。

 



一期一会 | 04:52 | comments(1) | trackbacks(0)
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結審のニュース>読売オンラインから

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100726-OYT1T00858.htm

ペットの死体火葬せず投棄、元業者「依頼の2%」

 火葬を依頼されたペットの死体を不法投棄したとして、詐欺などの罪に問われた埼玉県三芳町藤久保、元ペット葬儀業阿部忍被告(72)の公判がさいたま地裁川越支部(加登屋健治裁判長)であった。


 検察側は論告で、「飼い主の気持ちを踏みにじった卑劣な犯行」とし、懲役2年6月、罰金50万円を求刑した。

 阿部被告はこの日の被告人質問で、「大型犬の火葬に困っている時、山林に犬が捨てられているのを見て、まねたのが最初」と説明。これまでに約10回、1度に5〜6体しか投棄していないと主張し、投棄したのは「(火葬を依頼されたペットの)2%ほど」と答えた。

 検察側は、阿部被告が2002年頃から投棄を繰り返すようになり、飼い主には、別の動物の骨を渡すようになったと指摘していた。

 判決は9月8日に言い渡される。

(2010年7月26日21時44分 読売新聞)


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2%とは、あきれた言い訳。。。
from: snowy | 2010/07/27 4:37 AM
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