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小雪丸・師走の城北公園を行く



(2011.12.10 城北公園センター売店前広場の小雪丸)


ブログ更新も始めてから2年以上たつと、目新しいネタも次第につきて、当たり前の日常では果たして記事になりうるものか?と逡巡することが多くなってくる。別に日々の出来事をそのまま素直に書けば、それはそれで良いのかもしれないが、それだけではどうにも、どこか物足りない(笑)




(2011.12.10 付近に気になる犬がいる…右が小ユキ)


それで、ついつい更新も滞りがちになる。加えて私のブログはテキスト量が多い。実際、そこに残す記事には、いつも何らかの教訓…あるいは何らかの「気づき」を加えたいと常日頃思っているから…「散歩しました。良い天気でした」では記事にもならない。




(2011.12.10 上の写真の接近ショット…手前が小ユキ)


だがしかし…それほど律儀に考える必要もないのではないかと、ふと思うこの週末である。確かに今週末は、取り立てて報告するような出来事もなかった。平穏な日常があるのみである。言い換えれば、長々と書くようなネタもないのだ。




(2011.12.10 さらなる接近ショット…手前が小ユキ)


だがしかし…だがしかし…長々と薀蓄をたれ流したとしても、いったいどれほどの方が、そんな一字一句を丹念に読んで下さるのだろうか?自分が他人のブログを読むにあたっても、ザッと流し読んで、写真を眺めて終わりである(笑)ましてや、私のブログは1本当りの記事が長い…平均的なブログの10倍以上は詰め込んでいるだろうから、きっと99パーセントの方は殆ど読んでいないよね(笑)…てなことを考えながら、週末のありふれた散歩でも、今回は記事にしてしまうことにしました。あぁ〜何て長い前置きだろう。これだから長くなるのだって…




(2011.12.10 冒頭写真と同じ場所…左がユキ丸)


あいにく写真を撮ったのは昨日、土曜日の散歩分しかないので、今回は昨日の早朝散歩を振り返るしかない。天候は今朝も昨朝も、さして変化はないから、どちらと思っていただいても構わない。ともかく週末は城北公園に出かけている。そんなひとこまのみをご紹介…




(上の写真をズームアウトしただけ(笑)…左がユキ丸)


ここ数日は東京都内もめっきり冷え込むようになった。毎朝、暗いうちから散歩に出かけて、歩いているうちに夜が明けてくる。冬至に向かってますます朝は遅くなる。一年中でも憂鬱な季節だ。おまけに寒い。吐く息が白くなる。そんな中で、今週末もやはり公園に出かけた。




(上の写真をズームインしただけ(笑)…左がユキ丸)


すっかり馴染みの公園をいつものコースで巡回する。イチョウの葉はすっかり黄色く色づいて(紅葉の少ない公園内は)おおむね黄色一色…よく拝見している地方の方々のブログのように、鮮やかさに欠けるのが、写真を撮っていても不満だ。加えて、今回は小雪丸を係留して撮影したポイントが「たった2箇所しかない」ので、掲載できる写真にもバリエーションがない。角度や遠近を変えた写真ばかりでゴメンナさい(笑)ともかく最新の小雪丸を見ていただくだけという…今回の記事です。




(最近の小ユキは躁状態…しばしばマウントを仕掛けて来る)


そして一言だけ、お断りしておきたいのが、我が家の小ユキのこと…現在、換毛期の「どん底」にあって、非常に毛が少ない。客観的に見ても痩せて寒々として見える。被写体としても一番、貧相に見える時期なのである(笑)ユキ丸と比べても痩せているのが一目瞭然だろう。これから厳寒期に向けて、早く増毛してほしいと願う親心を込めて…(笑)




(帰宅後はいつも室内で暴れる…ただしこの撮影は2011.12.03)


ちなみに巡回したコースはいつもどおり、私曰く「Bコース」である。説明は先日の「晩秋そして鈴の月命日」を参照していただければわかる。そして、この週末も特に変わったことはなかった。ともかく今回は師走の2ショットを数枚、見ていただくための更新ということにて…皆様へのお歳暮代わりのご挨拶とさせていただく。それでも何も更新しないよりはいいよネ(笑)

 



小雪丸稿 | 12:12 | comments(0) | trackbacks(0)
光が丘公園2011年最終版



(2011.12.04 師走の光が丘公園・昆虫広場前にて)


むろんまだわからないが、おそらく次回は年明けになるであろうとの思いから、最終版と題名につけた師走の光が丘公園。たぶん今年はこれで最終回となるに違いない。過去ログを参照してみると2010年も12月の第一日曜日にも、やはりこうして光が丘公園を訪れていた。初詣でならぬ「光が丘・最終詣で」のようなものだ(笑)


雨天続きの週末も、やっと日曜日には晴れた。しばらく光が丘公園にもご無沙汰だったので、今朝(今となっては昨日の朝)は、予定を変更して、車で光が丘公園まで、足をのばしてみることにした。とは言っても日の出の時刻が遅いので、自宅を車で出たのは6時半を少し過ぎたころ…走り始めたのは、ようやく空が白んできたあたりだった。




(なんと呼んでよいかわからない十字に交差する通路…笑)


我が家から光が丘公園までは、車でちょうど10分ほどで移動することが出来る。極めて至近なのだが、それでもかつてのように、徒歩で往復すると、それだけで片道1時間ずつかかってしまう。小雪丸が「路肩を嗅ぎながら歩く」ので、相当時間が必要だからだ。公園での時間を1時間と見ても全部で3時間の長丁場となってしまう。


そこで、最近では移動には車を利用することにしている。我が家の小雪丸用語では、これを「車で散歩」と言ふ(笑)…いちおう彼らにもわかっているはずだ。ともかく走り出すと6:40過ぎには公園に着いた。空も程よく明るくなった時刻である。駐車場の車は少ない。




(少しずつ接近してゆく 直弌



(少しずつ接近してゆく◆直弌


小雪丸を車から連れ出して、ようやく明るくなった公園を歩き出す。ここに来ると普段とは異なった臭いが充満しているのか、いつもの数倍、興奮度がすごい。ともかく遮二無二突進する。しかも行きたがる方向がマチマチで、2頭引きに慣れた私でも幾度か引き倒されそうになる。それと言うのも足場の悪い場所が多いからだ。


舗装された良い歩道は、小雪丸には興味がない。枯葉や枯れ草で覆われた裏道や林の中ばかりを専門に突進する。その元気さは、とても共に9歳の犬たちとは思えない。このエネルギーはほぼ若犬時代のそれと同じだ。振り回されながらも、その元気さが私には嬉しい。




(日の出直後なので、まだ朝陽が眩しい)


雑木林を抜けて中央メインの広場に出る。ここの敷地面積は広い。近隣の城北公園も広いことは広いが、いわゆる「広場」と呼べるものは、数箇所以上に点在している。一方ここ光が丘公園の広場は「ひと続き」となっているので、そのせいもあって、とても広いものだ。


その大きな広場の真ん中を突っ切って歩き始める。だが、ここ光が丘は、城北公園以上の「ノーリード天国」の様相を呈している。いつも感じることだが、そうしたノーリードの常連が多すぎるのだ。早朝にも関わらず、今朝も集団で20名30頭以上、それ以外にも何箇所かで別のノーリードが闊歩している。さすがに全てに注意していたらキリがないので、もはや無視をして歩き通すしかない。




(なかなかリードを係留する場所がないので同じ場所ばかり…笑)


しかしだからといって、ルール無用の輩のために、こちらが行くべきコースを迂回するなどごめんだ。堂々とど真ん中を突っ切り、接近してきたノーリードの犬には、小ユキの威嚇をいさめる行動もとらず、むしろ追い返すことを許し、近傍で「◎◎ちゃんダメよ〜」とノタマわっている間抜けな飼い主どもには、非難の一瞥をくれてやった(笑)




(通過してきたあとを振り返ると…遠くに放し犬集団が見える)


少なくとも、言葉は悪いが「売られた喧嘩ならいつでも買える」…紀州犬の場合は、自分たちが萎縮する必要のない点だけは助かる。たとえ9歳なった今でも、小ユキなら大型犬相手でも引けは取らない。ところが、もしこれが小型犬の飼い主だった場合はどうか?私は幾人ものそうした飼い主から「放し犬がいるととても怖い」と言う話を聞かされている。おとなしいと言われ、わかってはいても、人間とはそういうものだし、気の弱い人々もいる。世の中は自分だけの価値判断で勝手なルールを作るべきではないのだ。あ〜ぁ…また書いちゃったね…




(我ら血税の賜物…この巨大看板は何のためにあるのか!)


ともかく、接近は許さないから、とりたててトラブルもなかった。それでも不愉快な思いだけは残った。全くあの連中には辟易する。広場を突っ切った後には「放し犬禁止」の巨大看板の前で、今回も記念写真を撮った。というよりも広場には適当な杭などないから、必然的にこうした場所でしか、小雪丸を繋いで写真を撮れる場所がない。




(ガラスに3頭引きを演出したかったのだが…失敗…笑)


広場を突っ切ったあとは、周回コースを歩きながら師走の公園を楽しむ。少なくとも周回コースで放し犬に遭遇する機会は少ないので、心穏やかな秋を満喫する。この後半でようやく心の平静を取り戻すことが出来てやれやれである(笑)…こうして1時間余りを公園内で過ごし駐車場まで戻った。駐車料金は1時間を超過したため400円と少しお高い。光が丘の駐車料金は基本1時間が300円、城北公園は同じ都立公園でも200円である。この違いを毎回最後に書いているような気がする(笑)




(駐車場にて…サテそろそろ帰りますかネ♪)


ともかく、こうして師走の光が丘公園散歩で明けた日曜日…週末最後はどうにか終日晴天で、洗濯物も良く乾く一日となった。明日からまた始まる1週間に向けて、小ユキもユキ丸も私もそこそこのリフレッシュが出来たことは幸いだ。次回ここを訪れるときは、きっと年も改まって2012年となっていることだろうな。こうして月日はゆく。

「盛年重ねて来らず 一日再び晨(アシタ)なり難し 陶淵明」

 



小雪丸稿 | 04:15 | - | trackbacks(0)
晩秋そして鈴の月命日


(シャンプーのあと、ベランダでくつろぐ)


この週末は寒くなった。そして、すでに日が変わってしまったが、昨日11月27日の日曜日は鈴(スズメ)の「月命日」だった。ちょうど10月27日の朝に急逝し、はや1ヶ月が経過したことになる。悲しくても嬉しくても月日はゆく。それは後悔でもあり救いでもある。失われた時に後悔を残しながらも、失われた命への思いも少しずつ薄らいでゆく。認めたくはないが、それが現実というものなのだろう。


ブログの更新を久しく怠っていた。何気ない日常を気負いなく綴れば…それが相応の記事になるとわかってはいても、最近はそれが出来ない。特に3.11以降そうなった気がする。一方で、半ば無意識とも言える気楽さで、ブログ以外のSNS(特にTwitter)では、相当多くのTweetを日々流している。いずれも刻々と変化する日常の中で、半ば泡となって消え去る刹那刹那の思いである。むろん「ログとしての記録」は別にとってあるが、第三者から見れば、それは時分秒単位に消え去る川の流れのようなものだ。ブログのように「橋の欄干に立って俯瞰できるようなもの」ではない。今日呟いたことは明日には消え去る運命にある。




(城北公園・野球場のフェンスで)


いずれにせよ、11月には一度もブログ更新をしていなかった。この小雪丸日記もこの秋で3年目に入ったはずだが、「継続は力なり」とはよく言ったものだ。ここ半年の失速は不本意な結果かもしれないが、このメディアの位置付けも、改めて見直す時期に来ているのかもしれない。前置きが長くなったが、「鈴の月命日」を機に、久々の更新をしてみた。


晩秋と表題に書いたが、すでに初冬と呼ぶべきなのかもしれない。ただ私の中では「9・10・11月は秋」との意識があるので、どうかお許し戴きたいと思ふ。すでに雪の降った地方もある中で、それでも東京の気候はまだ穏やかな方だ。私自身が寒さには比較的強いこともあるのかもしれない(笑)…それでも先週末からはコートを着て出勤するようになった。




(ノーリード広場に朝日が昇る)



(同じくノーリード広場で)


さて週末の土曜日は、例によって近隣の城北中央公園をひと周りしてきた。このところ公園巡りは週末だけに限られているから、小雪丸にととっては有意義な(笑)一日であったことだろう。近隣の散歩よりも、やはり興奮の様子が異なる。それだけ行きかう犬たちも多く、刺激的な匂いにも満ち溢れているだろうから。


地方の方々のブログなどではすっかり紅葉した風景を多数拝見しているので、銀杏がすっかり色づき、枯葉が地面を覆うようになっても、地元、城北公園の景色は多少物足りない気がする。それでもすっかり色づいた朝の公園は、やはりすがすがしい。毎週末に訪れている公園だが、この週末はいっきに鮮やかになったような気がする。そして夜明けが遅くなったこともあって、行きかう人々も犬もまばらだ。




(公園の出口・いつもここで休憩する)


公園では最もオーソドックスな周回コースを周った。練馬鑑別所側の入り口から入り、野球場や3つほどの広場を突っ切って石神井川を渡り、川沿いに少し歩いて、教習所跡地の広場(ここを私はノーリード広場と呼ぶ。放し犬をしている輩が多いからである)を横切って、再び石神井川を渡り、少年野球場を横手に見ながら雑木林を抜け、ドッグランの脇を通って、テニスコートの間の坂道を登ると、公園内で一番中央の売店がある場所に出る。総合グラウンドの脇を直進して坂道を下り、左折するとまた雑木林。そこを通過して西側の広場(ここを私は置石広場と勝手に呼んでいる)…そして、いつもの「置石の上」で写真を撮りながら休憩をして、帰途につくのである。




(この置石が小雪丸の指定席)


この説明は、たぶん地元の方しかわかるまい(笑)…それでも読んでいただける方のアテはあるから、そのために書いた。この散歩コースを私は「Aコース」と呼ぶ。過去の記事にも幾度もそう書いているが、更新の期間が大きくあいてしまったので、今回は改めて書き示すことにした。地方の方は読み飛ばしてくださっても構わない(笑)…写真を数枚は撮っているので、それを挿入しておく。




(帰宅後の勝手口で身体を拭く)


帰宅後は、久方ぶりに小雪丸のシャンプーを済ませた。かなり寒くなったが、いまやっておかないと、これからますます寒くなる。紀州犬は寒さにも決して弱い犬ではないが、それでも共に9歳半をすぎ、これからは相応の配慮も必要だろう。そうした点においては、私はかなり過保護な飼い主であることを否定できない。


シャンプーは2頭同時に、風呂場で行う。小ユキはシャンプーにもすっかり慣れたが、ユキ丸は相変わらずそれが嫌で必ず「壁に寄りかかる」…だから魚を焼くように「左右をひっくり返しながら」洗うので手間がかかる(笑)所用時間はおよそ30分ほど。そしてシャンプー以上に時間のかかるのが「拭き取り」…タオルを何枚も交換しながら拭くので大変だ。特にこの時期ともなると、パンツ1枚の姿で脱衣場に出て拭く私自身が風邪を引きそうになる。




(やっとシャンプーを終えた直後)


こうして綺麗サッパリとした小雪丸であるが、これで少なくとも年末にもう一度シャンプーの機会がとれるかどうか?あるいは次回は年明けとなってしまうかもしれない。いずれにせよ今週半ばで師走となる。今年も矢のように一年が過ぎた。ともかく食前に恒例の体重測定も済ませた。散歩で排便を済ませ食前であるから、これが小雪丸のいわば「乾燥重量」となって、一番正確な値であることは間違いない。結果は小ユキ22.5kg、ユキ丸20.3kgだった。ユキ丸は少し軽めで、小ユキは重い…少しダイエットの必要があろうな。




(2011.11.26 同日の夜・食事中の私を見ている)



▼鈴の月命日にあたって




(在りし日の鈴)


タイトルにも書いたとおり、翌日の日曜日は、10月27日に天に召された鈴の月命日だった。そしてこの当日の朝のことを、私はまだ詳しく書き残していない。単独で1記事として残すことも考えたが、こうして晩秋の週末にまとめることで、鈴には許しを乞おうと思う。悲しいことは、あまりくどくどと書き残したくないし、経緯については相応にTwitter上では呟いてきた。




(アクリルケースの中から見上げる鈴)



(ケースを真上から撮影・右上に鈴がいる)


ともかく私は去る9月23日、秋分の日の夕刻、小雪丸の散歩中に片足の動かない小雀を拾った。その日は台風一過から2日後のことであったから、あるいは台風で傷を負ったのかもしれない。足の復調を願い、小鳥専門の動物病院にも連れていったがそれも叶わなかった。せめてもう少し時間があればと後悔も耐えない。それでも鈴は懸命に生きた。10月27日までという、僅かひと月の命ではあったが、その記憶は長く残りそうだ。




(2011.10.27の午前7:45 鈴よ安らかに)


日曜日11月27日は、そんな鈴の月命日…誰かが記憶している限り、その命が生まれてきた証は残る。民家の軒先にとまる雀たちは、みな良く似ていて区別がつかない。少なくとも鈴は我が家の一員となって、その記憶に残った。今はそのことを鈴を偲ぶ縁(よすが)としよう。鈴よ安らかに。



小雪丸稿 | 06:00 | - | trackbacks(0)
我が家の愛犬トイレ躾考



▼今回の記事は去る9/29に、Twitter上での呟きが予想外に回数を重ね、20Tweet以上にも及んだことによって、普通ならBlogの1回分にも相当する長さになってしまった結果を見て、このまま転載すれば手抜きが出来る!…と、図々しくもTwilogのデータを再編集した結果です。確かこの手抜き…以前もやりましたね(笑)

ただし、Blog化にあたっては、若干の補足と修正を加えております。また文中の挿入写真につきましては、本文とは直接関係のないものばかりです。このところ小雪丸に関する記事が停滞していた間、8月下旬から9月下旬までの主に休日散歩のスナップから抜粋しました。日付を照合するのが面倒なので順不同とします。とことん手抜きでゴメンナサイ!

以下、そのTwilogの記録を時系列に掲載しました。1段落が1Tweetに相当します。末尾に登録時刻のタイムスタンプ。内容は掲題のとおり「仔犬のトイレ躾をどうするか」について、独断と偏見に満ちた薀蓄を垂れ流し…どう解釈されるかは皆様次第です(笑)


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うーむ…仔犬を室内飼育するとき、トイレの躾で苦労すると言う方々がいる(゚.゚)私は全く苦労したことがないので、問題を整理してみた。我が家はそもそも室内トイレは放棄している。事前準備した室内用トレーは、一度も使わないうちに捨ててしまった。小雪丸はいずれも、室内では排泄しないからだ。
posted at 12:11:59
 

 

私はこれをテリトリー意識の当然の結果だと思っている。雄のユキ丸だけは、それでも新しい住居に移ったときのみ、2、3回放尿をした。けれどもそれ以降の失敗はない。雌の小ユキに至っては、失敗はゼロのパーフェクトなのだ。これは旅先の室内においても同様である。初めての外泊でユキ丸が一度だけ…
posted at 12:18:24
 

 

いきなりしゃがみ込んで放尿して焦ったことはあるが、それ以降の旅先では、ただの一度も失敗がない。排泄をもよおしたときは、いずれも出入口に近い付近を徘徊して教える。自宅でもホテルやコテージでも同じことだ。彼らにとってトイレは屋外なのである。だが、どうして彼らは共に手がかからないのだ?
posted at 12:24:13
 


私の躾では、室内排泄で特別激しく叱ったことはない。ぶつぶつと文句は垂れるが、体罰は自ら禁じている。むろん留守中に我慢しきれずの下痢などと言う体験はあるが、それでも彼らは必ず、領域の最外部に排泄する。サークルなら扉の前、室内なら玄関がそれに該当する。そしてこれは個体差でもない。
posted at 12:30:01
 

 

なぜなら小ユキもユキ丸も同様に失敗が少ないからだ。ユキ丸は若干のソソウをしているが、これは雄としてのマーキング欲にも無関係ではない。それでも一度排尿したあとで満足するのか、連続はなかった。僅かな例だが宿泊先の排尿、あるいは初めて入室を許した自宅寝室での排尿…いずれも一度きりのみ。
posted at 12:35:20
 

 

個体差ではないことの、私なりの推理を言わせてもらえば、我が家の場合は、雄のユキ丸の僅かな失敗を私が嘆く様子を見て、利口な雌の小ユキは自ら学んだのではないかと考えている。犬同士は互いを見ても学習する。直接叱る必要のないことも少なくないのだ。これが2頭飼育のメリットでもある(゚-゚)
posted at 12:40:48
 


午後の仕事にいったん戻るので、この謎解きはまた後ほど(゚-゚)ただ一言いえば、我が家も逆に最初から室内トイレを本気で、どうしても躾ようとしていたら、どうなっていたか?という疑問はある。私は自然体で落ち着く排泄習慣を、犬自身に選ばせただけで、何ら強制的な外圧を加えていないのだから。
posted at 12:47:29
 

 

繰り返すが、我が家では2頭とも「ごく自然に屋外トイレ」となった。ただし昨今、都会では排便のみならず、排尿さえも場所を選ばないとならない時代となった。特にここ数年、排尿の直後に、持参ペットボトルの水をかけて歩く飼い主が散見されるようになった。だが私はそんなことまではしない(笑)
posted at 14:21:56
 


理由は、その行為自体が実効果なく、どこか欺瞞的で好きになれないからだ。見ていると「チョロっと」申し訳程度にボトルの水をかけている。排尿の方が量が多い。それを薄めて拡散してどうするのだ。私がもし本気でやるなら小型のポリタンクを背負うだろう。私に言わせれば他人に見せるための行為だ。
posted at 14:22:13
 

 

すべては、都会が過密になりすぎたことに原因がある。人々の心にゆとりがない。それが路上禁煙や犬の排泄などにも向けられている。むろん排便は拾い、排尿の場所に配慮はするが、それは最低限のマナーだ。少なくとも私は義務だけは果たす。しかし昨今はせせこましい根性の人間が多い。それが都会だ。
posted at 14:22:29
 


横道に逸れたが、話を元に戻す。つまり我が家では屋外トイレだ。朝晩1回ずつの1時間散歩でそれを代替している。天候は気になるがどんなときでも欠かしたことがない。出張や残業を拒否できる「今だから可能」なのだろう。若いときであったら、こうも出来なかったかもしれない。(゚-゚)
posted at 14:24:46

▼補足:散歩は朝晩1時間ずつを基本とし、休日はおよそ平日の2倍の時間をそれに当てる。紀州犬はやはり運動量を必要とする犬種であるから、私自身はそれが最低条件であると考えて来た。何の飼育書を読んだからでもなく、この習慣は自然と我が家に定着した。だが屋外トイレも兼ねるこの散歩は、雨天でも中止できず、果ては台風の中であっても敢行すべきものだ。そして四季を通じて穏やかな気候ばかりではない。私自身の体調とて常に万全である筈もないから、時には高熱を押して出歩かなければならないこともあった。健康であることが必須の条件なのである(笑)そのことに不安を覚える向きには、たぶん室外トイレはお勧め出来ない。愛犬との付き合いは、それほど長きに渡るものであるから。
 

 

転じて多くの「最初から室内トイレ組」にあっては、苦労話もときどき聞かされる。私の通念からすれば、犬は本来屋外に排泄したい生き物だから、一番出口に近いところをトイレに決めればよく、いったんそれが出来たら、少しずつそのトイレの位置を移動させて、最終的に目的場所に導けばよかろう。
posted at 14:25:36
 


もし本気で室内トイレを目指したなら、おそらくそうしただろう。そして小雪丸も多分それに馴化したと思う。ただ野性味の乏しい昨今のペット犬はどうだろうか?どうやら最終的な飼い主に行き着くまでの暫定期間…離乳から幼犬時代…そのときの飼育が介在するから仔犬は混乱するのではないのか?
posted at 14:26:54
 

 

野生の犬を想像してみる。自然な学習のプロセスがそこにはある。穴倉で彼らは生まれ、母犬に守られ授乳され、その狭い空間を「最初の内側」と認識する。やがて排泄は自力で外にすることを覚える。その前には母犬が排便も舐め取る。そうして内外を覚えるだろう。だが昨今の犬にはそれがない。
posted at 14:27:18
 

 

不適切な時期に母犬から離され、そして室内のさらに狭い空間に押し込められ、内も外もなく出たり入ったりで、排泄はどこでやっても誰かが拭き取る。あるいはオムツなどされたら最悪だ。自然界に存在しないものをこの時期に持ち込むべきではない。うまく言えないが仔犬にも混乱が起きているのだろう。
posted at 15:17:49
 


Twitterで気軽に流すにはテーマが少し複雑すぎたかもしれない(笑)いずれにしても始めてしまったことであるから、あと少しで「我が家はなぜ苦労しなかったか?」という結論までは書いておきたい。だがそれも飽くまで無責任な私独自の推理だから、あまり真面目に信じてもらっても困る(笑)
posted at 15:18:10
 

 

我が家がトイレで苦労しなかったのは、以下のような特殊事情もあったからではないかと考えている。つまり小雪丸は我が家に来て、最初の3箇月だけ屋外飼育で過ごしたのだ。諸般の事情で室内飼育のスタートが遅れたのである。その間彼らは室内というものを知らずに過ごしたことになる。
posted at 15:18:46
 


だから2002年の夏を小雪丸は唯一の屋外シーズンとして過ごしている。彼らがようやく準備を終えた室内に入ったのはその秋、折りしも激しい台風が通過する夜のことだった。この頃すでに彼らは、散歩のときしか排泄をせず、犬小屋の周りにも排泄はしない習慣を見に着けていた。だからだと思う。
posted at 15:19:19
 

 

つまり移動した室内は彼らにとって、新しく広い犬小屋であって、最も内側となるテリトリー、当然、排泄をする場所でもなかった。ちなみに小ユキは一度も新しい室内での排泄はなく、ユキ丸は移動させた当日(たぶん)2回だけ室内に「シミ跡」を残した。ただそれだけである。翌日以降も失敗はない。
posted at 15:19:38
 


あれこれと回り道をしたが、結局、野性味を多く残している紀州ならば、仔犬のときだけは多少の粗相をしても、もし本気で室内トイレを躾けようとしないのであれば、放っておいても、そのうち自らのテリトリーの中では排泄することを嫌うようになる。まだ内外の認識ができない間だけの辛抱だと思う。
posted at 15:19:55
 

 

つまり第一テリトリーがサークルやケージ、第二テリトリーが室内、第三テリトリーが敷地内になる。我が家の小雪丸もよほど逼迫したとき以外は、庭に出しても我慢をし、路上に出て初めて排泄する。この特性は先代紀州のユキのときも同じで、彼は屋外飼育だったが犬小屋周囲では絶対に排泄しなかった。
posted at 15:20:14
 


▼以上である。愛犬のトイレ躾に関して何らかのヒントを求めた方にとっては、改めて読み返してみると、あまり参考になっていないのではないか(笑)なにしろ、我が家ではトイレ躾に何も苦労していない…という背景があるのだから。ただ思うに、洋犬と日本犬との動機付け等に関してみれば、自ずと若干の違いが見られるのではないかと常日ごろ思ってきた。その中でも私は(先代犬も含めて)3頭の紀州犬に関する共通性については述べたつもりである。その基本は常に「あるがままに」という躾け方なのだが、私の方針はいつも、これ以上でもなければ、これ以下でもない、とだけ申し上げておきたい(笑)
 



小雪丸稿 | 15:51 | comments(2) | trackbacks(1)
小スズメが来た秋分の日


台風一過…9月二度目となる三連休初日、9/23(秋分の日)のこと、その日は休日なので、明るいうちに小雪丸を連れて夕刻の散歩に出た。そして時間もあるので、出来るだけ小雪丸にコースを選ばせ、好きな方向に歩かせるようにしていた。そのこともあって、普段とは違う時刻に、普段とは違う方向で馴染みの道も歩くことになった。

ともかく問題の場所は、私ではなく「小雪丸の意思が選んだ結果」だった。その場所には、小さな雀の死骸が…いわゆる「天ヘソ」の状態でころがっていた。いや、私は死骸だと思ったのだ。野鳥が普通、腹を見せて仰向けに横たわっていることなどあり得ないから。小雪丸がそれを嗅ぎ、場合によっては前足をかけるかもしれなかった。暗ければそれを阻止することもできなかっただろう。

幸いにして、まだ日没までには時間もあり、このときだけは殆ど同時に見つけたのだと思う。とっさにリードを引き寄せ、不憫なことと覗き込んだそのとき。真新しい死骸だとばかり思っていたその雀の閉じられた瞼が突然開いた。その目が一瞬何かを訴える。思わず手を伸ばすが、小雪丸の行動範囲を遠ざけて接触することは不可能だった。

そこでやむなく小雪丸を近隣の柵に繋ぎ、それから雀の上にしゃがみこんだ。そして手を伸ばすと、意外にもそれは跳ね起きて逃げようとする。二三度の試みで、その雀はやおら数m離れた場所まで低空で飛んだ後、再び地面で横たわった。よく見られる「蝉が地面に落ちたとき」のようだと思った。



いずれにせよ、路肩にそのままでは極めて危険なので、近くの児童公園の茂みに移そうと思った。その時点では、そうして運を天に任せる選択もないではなかった。だがしゃがんで短時間の観察を続けるうちに、この雀は明らかに足に障害のあることも見て取れるようになった。そして、この付近の公園にはノラ猫が非常に多い。小雪丸の散歩でも暗がりの茂みに潜む彼らには、日夜迷惑のかけられ通しだった。鳥は夜目がきかず、まして足が不自由というのであれば、それは半日以内の死刑宣告と何ら変わるものではない。

そう思ったとき「保護して持ち帰ろう」と決めるのには数秒とかかるまい。その決断は早かったものの、問題は「その方法」だった。何しろ両手は2本のリードで塞がっている。ウエストバッグは装着していたものの、中身は満載で隙間もない。ポケットには携帯他の携行品で埋まっている。どこにも弱った雀を保護して持ち帰るゆとりがないのだ。

この出会いも偶然…普通ならそこで万事休す…なのだが、神様(私は無心論者ですが)は、ちゃんと、もうひとつの偶然を用意してくれているから不思議だ。その日の私は休日でもあり、滅多に着たことのないTシャツを着ていた。そして幸いなことに、そのTシャツには胸ポケットがある!

この幸運に感謝しつつ、そして狭い隙間でどうかと思いつつ、私はその小雀を胸ポケットに、そっと押し込んでみた。暴れて飛び出すか、へたに身をよじって翼を傷めないかと案じつつも…
ところが彼は(彼女かもしれないのだが)身じろぎもせずに、じっとおとなしくポケットに収まっている。小鳥の体温は高い。薄い生地を通して伝わってくる温もり。
この小さな命が生きているのだと思った。

それから細心の注意を払いながら、残りの散歩コースを短めに周り、無事に自宅までたどり着くと、早速、とりあえず大きな菓子箱にテッシュなどを敷き詰めて、その雀を放した。案の定、羽ばたくが、ベタ足では床にうまく停止できない。飛翔は充分に出来るが、着地後に障害がある。やはり足が悪いことは間違いないのだと思った。一時的なマヒとも考えたが、それについてはあまり期待できなかった。



我が家では以前にも道端で(先代ユキの散歩中に)仮死状態のカワラヒワを拾って保護したことがある。そのときの症状は窓ガラスにでも激突したのだろうか?脳震盪状態で朦朧としていたときだったのである。このケースでは後日、無事放鳥することが出来たのだったが…

話を雀に戻すと、ともかく暴れる元気は見られるのでホッとしながらも、詳しく観察するのは翌日にして、ちょうど日没も過ぎたので、その日は、そのあつらえの菓子箱の中で寝かせることにした。空気抜きの隙間だけを空けて、暗所に移したのである。

翌朝、夜明けと共に、そっと静かな菓子箱を開けると、雀は伸ばす手をかい潜って、天窓付近まで飛び上がった。それでも足場は確保できずに羽ばたいている。そのままにも出来ず、椅子を持ってきて再び保護し、短時間の後に、以前、やはり保護したヒヨドリに使っていた鳥かごを探し出し、それに移して様子を見ることにした。

吸水は猪口のようなものに水を注いで置いてみたが、羽ばたいてひっくり返してしまう。粟粒のような餌についても同様である。だが幸いにも、人が退くと、床に散った餌だけは自力で啄ばんでいる。これは少なくとも幸運だと思った。

改めて嘴を観察すると、僅かに付け根の部分がまだ黄色い。推定で1ヶ月と少し…巣立って自力でやっと餌をとれる段階にあるところだと思った。8月の初め頃に生まれた若鳥ではないだろうかと。

さりとても、そうして給餌は可能なるも、水が課題だった。それで庭木の葉っぱを数枚千切って来て、それを洗って与えるなどした。濡れた葉から吸水してくれないかとの期待である。
(後にそれは脱脂綿に変わった)



いずれにせよ、そのまま放置も出来ぬと、近隣の動物病院に電話をかける。この日は三連休の中日でありながら、幸運なことに「土曜日」だった。そして幸いなことに小雪丸かかり付けの獣医もやっていたのである。休日だったことも幸いした、それで車に鳥かごごと積んで早速診察に出向いた。

医師の診たては「足が動かないのは生育時の栄養障害かもしれない」「ともかくビタミンを入れた水と抗生物質を少量与えて様子を見る」というものだった。それで、点眼スポイトに吸水用の水と、別スポイトには抗生物質の液体、それを処方してもらい、あとは我が家で様子をみることとなった。

冷蔵庫にあったミルワームも頂き、食べるようなら与えてみて…と言われたが、結論を言うならば、それはまだ上手く食べさせられずにいる。しかし吸水はもらった点眼スポイトで上手くできる。嘴に押し当てると何とか飲ませることができるのでホッとした次第だ。しかし…自力吸水ができないと毎回の手間が馬鹿にならない。家が無人になることもあるから、今後どうなるかで不安材料も多いことになる。

ともかく、そうして残る2日間の休日は終わった。週明け私は出勤なので、夜は帰宅後の様子を見ることが出来なかった。なぜなら私の帰宅時は、すでに真っ暗なのだから、改めて雀を起こすにはあたるまい。明朝、再開して、抗生物質などを投与しながら様子を見る。ともかく、この雀に「鈴」という名をつけることにした。

と…ここまでは昨日時点での状況であった。また一夜明け…さてネットなどでも、あれこれ調べてみると、この雀の病名…素人判断ながら以下のものではないかと思っている。

「栄養性脚弱症」この病気は差し餌から大人の餌に変わる時期の若鳥に多く発生する病気で、家庭用の文鳥などでも見られる病気という。野鳥の場合は同様にして充分な給餌がなされなかったものか?あるいは保護した日が、台風通過の翌々日だったこととも何らかの関係がないかとも思いながら、所詮想像の域を出ない。



そこにはこうも書かれている。「成長期にただのムキアワのみで餌付けをすれば栄養障害になる危険もあるので注意しなければならない」以下は再び抜粋である。

「例えばタンパク補充にきな粉(大豆)やフナ粉(魚)、B1補充にぬか(米)やビール酵母(大麦)、ビタミンD3補充に卵の黄身やフナ粉(塩分控えめの煮干し粉でも良いだろう)、カルシウム補充にボレー粉末やカトルボーン粉末、・・・こうした一般的で簡単に手に入る数ある選択肢の中から少しずつ混ぜれば良い。また、それらがいろいろ混ぜられた野鳥用のすり餌を利用しても良い」

そしてさらに「ビタミン、カルシウムの補給の為にも、青菜、ボレー粉などはよく食べさせるように」「小松菜なども効果がある」などとも書かれている。などなど…ともかくまだ暗中模索。場合によっては5年前、ヒヨドリ保護のときに通った埼玉県川口市の専門病院(池谷犬猫鳥の病院という)に一度連れて行くことも考えねばなるまい。

あるいは、以下のサイトなども参考になりそうだと思った。参考(足の障害)すずめっ子クラブWiki
http://bit.ly/nfOvHE

そこには、こんな記述も…「両足がグーのケースでは、とまり木にとまることが出来なくて長期保護になる事が多いようです。栄養バランスを整えることで改善する場合があります」
「足の力が弱く立って歩いたり、とまり木にとまることが出来ない。卵や雛の時の栄養不良が原因の場合、栄養バランスを整えることで改善する可能性があります」「特に保護されたヒヨドリがビタミン不足等により、この障害が出るケースが多いようです。ビタミン剤、セレンの投与を獣医に相談して下さい」などなど…



(ついでに 2011.09.24 小雪丸の城北公園散歩にて)

さて、もうひとつ不思議なことだが「鈴」はまだ一度も囀らない。足が動かないこととの因果関係も含めて、真相はまだ謎のままだ。それでも文鳥などの例では「鳴かない鳥は雌」といった記述も見られ、インコなどでも類似の表現が見られる。一般論で言えば、あくまで囀りの性別は種類や個体差との関連もあると書かれているものが多いようだが、一つの可能性としてみれば、「鈴」は雌なのかもしれない。

こうして、我が家では「青天の霹靂」…それも台風一過に、突然、両足の萎えた雀の若鳥を保護することになった。こうした経験は初めてではなく、過去に幾度かはあったが、今回は身近な雀であるにも関わらず、あれこれと試行錯誤することも多い。この出会い…果たしてどうなるのだろうか。唯一明らかなことは「もう後戻りは出来ない」ということ。「秋分の日」は思いがけない命を運んできたものだと思いながら、これも運命と受け入れるしかあるまい。

追記:本稿記載の翌日、ボレーや卵黄を含んだ顆粒状の餌と、青菜を充填した顆粒粉末とを購入してきた。今後はしばらくそれを粟粒などに混ぜて与えてみようかと思う。また給水は陶器で大き目の器を準備したので、しばらくそれに水を張って様子を見る。器の上には乗れるようなので、あとは自力で水を飲んでくれれば良いと期待しながら…




一期一会 | 02:11 | - | trackbacks(0)
小雪丸・信州に行く(モバイル編)
信州旅行から戻って2週間になります。その旅行記はすでにアップしていますが、せっかくですから旅行中Twitterからアップしていたモバイル投稿の履歴も、改めてまとめてアップしておくことにしました。題して「モバイル偏」です。Twilogの記録をそのまま掲載する手抜きですが、これで本編を補足します。なお投稿時刻も併記していますが、電波事情でリアルタイムに反映できなかったものについては、多少の時刻に前後が生じています。念のため。


▼2011年07月27日(水)


ほぼ普通の散歩が出来た。おはようございます。今日から旅行、山間部が多いので電波事情悪く(特にソフトバンクだから)殆どTweetできないかと思います。出発までも忙しい。それでは皆さん良い一日を。
posted at 05:42:31

旅行の準備中。何を持って行こうかバタバタと…たいてい使わず帰って来るものが出るから、今年は極力、減らしたいんだけど…犬用のシャンプー要るかな?大きいし嵩張るし、たぶん1回しか使わないだろうし…などなど。
posted at 08:31:38

通販で買った新しい首輪、届いてみたら少し幅が小さくて、引っ張ると苦しそうだ。古いので行くかな…いずれにせよ、リードや首輪は、万一の破損に備え2セット持参するなど。タオルは多いほど良いな…って犬関係ばっかし(笑)
posted at 08:34:37

出発ーー♪
posted at 10:13:19



八ヶ岳パーキングエリアなう。 http://t.co/J7Uzqi0
posted at 13:27:01

パーキング出発。曇り空。いまポツンと来ました。雨が降るかも(笑)
posted at 13:41:24



コテージ併設ドッグランで。時刻は午後3時だが、ソフトバンクの圏外。しかしドコモは圏内だぞ>孫さん。やむなく自動発信登録。いつ飛ぶか不明(笑) http://t.co/IrsMQIXposted at 17:27:39



コテージの中、暗いのでボケた。小雪丸は見張っていないと、すぐ絡み合う。取っ組み合いになるので落ち着かない。午後4時。自動発信登録。 http://t.co/udrKmtD
posted at 17:28:36



コテージにてユキ丸。さすがに夕方になると涼しいねぇ(笑) http://t.co/XtFJHkm
posted at 17:29:25




コテージにて小ユキ。夕方の5時、また散歩にいくかね(笑) http://t.co/3oQc9M9
posted at 17:30:21



ランに放しても、結局こうなる。しかしマウントしてるのは小ユキ♀なんだな。ユキ丸♂は防戦(笑) http://t.co/ueroz3N
posted at 05:46:38



夕方の散歩を終え、やっと疲れて静かになった。午後6時半。しかし自動送信はたぶん明朝になるだろうな。室内圏外(笑) http://t.co/rWLLdc9
posted at 05:48:14



▼2011年07月28日(木)




二日目の朝。小雨のち霧(笑) http://t.co/7oEtK7K
posted at 05:45:51



散歩なう1 http://t.co/l5WrVBu
posted at 17:04:40



散歩なう2 http://t.co/ROIQXik
posted at 17:05:39



昼下がりの小雪丸。窓辺でくつろぐ…ように見えるが…目を離したら、すぐ暴れまくる。 http://t.co/UL6hLTg
posted at 05:44:50




二日目の夕方、間もなく4時半。散歩に行くかね(笑) http://t.co/CW6T7Yy
posted at 16:54:25



二日目夕方の散歩を終えたヘラ顔。昨年はタップリ歩けた散歩も、道端の臭いばかり気にして今年はまるで散歩にならん。ヒート明け直後だから無理もない http://t.co/66XqA3W
posted at 05:43:44



八ヶ岳、ヒグラシの夕暮れ。小雪丸は疲れて熟睡中。
● VT:
http://twitvideo.jp/067Pw
posted at 05:55:02



▼2011年07月29日(金)




三日目の朝。今日は移動日だが予定コースの天気予報は雨。それで南下して大きく迂回路をとることに。走行距離は倍になった(笑) http://t.co/EYMjrFA
posted at 06:22:24



昨日のツイートは、送信エラーの再送信で、順序バラバラ(笑)三日目の移動コースは雨を避け、諏訪⇒飯田⇒土岐⇒美濃⇒郡上と高速道路経由に大変更。 http://t.co/T5xfTUfposted at 11:06:22



間もなくチェックアウト。微かな雨…今日は約300の走行。天気がもつと良いが。コテージから覗く小雪丸(笑) http://t.co/34WYdZ5
posted at 11:09:19



恵那サービスエリアなう。本日の移動中半分まで来た。雲は多いが予報通りの晴天。あと2時間で目的地、ひるがの高原小雪丸の一時散歩完了。暑い(笑) http://t.co/6DkE3BU
posted at 13:19:37



コテージ到着(笑) http://t.co/1gTtmWo
posted at 16:39:25



コテージ併設のドッグラン。今日は多少遊ばせられそうだ。しかし近隣に小学生の集団が宿泊。騒がしいのが難点。 http://t.co/1JL37RJ
posted at 17:49:17



コテージ周辺の夕方散歩。牛の牧場が二つあった。ちょっと臭う。全く関係ないが、自宅最寄り駅のエレベーターが落下事故だと夕刻のニュースで驚いた。 http://t.co/u8wpoqr
posted at 19:47:18

今日、八ヶ岳から、ひるがの高原への移動は、当初、松本⇒野麦峠⇒阿房峠⇒高山経由の最短ルートを行く予定だったが、山梨、長野は昼から雨の予報。それで予定を変更し中央道⇒東海環状道⇒東海北陸道を利用する大迂回ルートに(笑)この地域は曇りの予報だったがほぼその通りとなった。4時間で走破。
posted at 21:28:00



▼2011年07月30日(土)




おはよう小雪丸。夜が明けたよ。起きておいで(笑)ひるがの高原の朝、曇りのようだが、涼しい朝。間もなく散歩に。 http://t.co/mgGq9AW
posted at 04:53:54



朝散歩を終えてデッキで、くつろぐ小雪丸。ドッグランは隣家がチワワを放しているので、境界ごしのガウガウが不安で放せない(笑) http://t.co/hUVWrcM
posted at 06:36:52



小ユキは2階、階段の真上で、ユキ丸は階段折り返しの途中で、それぞれお疲れのご様子で…寝ている。 http://t.co/pGDCw8F
posted at 07:07:14



連泊なのだが、予約の関係でコテージを引っ越し中(笑) http://t.co/Rsc4FQv
posted at 12:09:29

雨が止むのを待っていたら間もなく2時。今から出掛けても高山や白川だと帰りは夕暮れになる。面倒くさいので、のんびり風呂にでも入ることにした。どこにも出掛けない贅沢な旅(笑)ガツガツ見歩く歳でもない。
posted at 13:47:38

今日も隣に学生のグループが来て、昼間からすでに騒々しい。夜が思いやられる。
posted at 14:33:25



けだるい午後の小雪丸。散歩に行くにはまだ早い。 http://t.co/2L7K0LL
posted at 16:05:12



パン屋で買い物して来る間、良い子で待っていなさい…(笑) http://t.co/d7Jg0FK
posted at 20:59:49



夕方の散歩は、紫陽花が見事な道を歩いて、木曾馬を見て、自家製パンを買って帰った。ドリンクも買いたかったが、なぜかこの地には自販機がない(笑) http://t.co/zvEFsxb
posted at 20:55:45



▼2011年07月31日(日)




間もなくチェックアウト。いまは晴れて来たが、予報では雨と曇り。ひるがの⇒高山⇒安房峠⇒松本⇒安曇野のルート。天気がもつとよいが。 http://t.co/eOvJ8g0
posted at 09:42:53



高山なう。人が多くて街並みメインは、小雪丸連れて立ち入れない(笑)周辺だけウロウロ。いま正午はどうにか晴天。 http://t.co/MGspvHe
posted at 11:58:55



チェックイン後、安曇野の夕暮れ前。まず散歩(笑)電波はいつ飛ぶかわからない。
http://t.co/k5USmKW
posted at 17:10:41

ここは山間部なので山の切れ間しか通信できません(笑)
posted at 17:20:29



峠道のドライブと、到着後すぐの散歩で、きっとお疲れなのだと思ふ小雪丸。この室内は圏外なので、送信できるのは明朝散歩のどこか高台付近でしょう。 http://t.co/PkhSmVa
posted at 06:07:37



▼2011年08月01日(月)




安曇野の朝は、あいにくの雨で様子を見ているところ。小雪丸は昨日の移動疲れもあるのか、いちど起きたがまた寝ている。時刻はまだ5時半の散歩前。 http://t.co/174M7bo
posted at 06:08:19



朝散歩は微かな雨。急坂を上り小雪丸疲れた?(笑) http://t.co/rAiuEVo
posted at 06:26:35



前ツイートから僅かに歩いた場所で野生の猿に遭遇。逃げて行ったが、小雪丸、大興奮(笑)…でもしばらくすると、またやる気がなくなっちゃった(笑) http://t.co/BS7Lwq5
posted at 06:39:22



安曇野ガラス工房の裏庭の日蔭(笑) http://t.co/kozERjv
posted at 12:07:55



間もなく豊科インターから東京に向かう(笑) http://t.co/d8sPvw9
posted at 12:22:10



双葉サービスエリアにはドッグランがあるっ!!(笑) http://t.co/ToTUaj6
posted at 14:01:52



信玄餅って、うまいかな?(笑) http://t.co/ivPlqR7
posted at 14:22:37



間もなく双葉を出発。あとはノンストップで(笑) http://t.co/lhKRgc4
posted at 14:26:51

大月手前で工事渋滞。
posted at 15:19:54



途中2回の渋滞で40分ほど遅れた点を除けば、予定通り5時過ぎの帰宅。いま荷物を解いてやっと落ち着いたところだが、間もなく夕方の散歩に出掛ける。 http://t.co/zG4Lru0
posted at 18:04:39


以上、手抜きではありますが、即席でモバイル編の再現をしてみました。僅かな時間で再編したので、写真すら回転しないままのものが含まれていますが、Twitterそのままということで、ご容赦ください。もし時間があれば、後日、見やすく修正するかもしれませんが…私の性格上、たぶんこのままに?なりそうです。以上「モバイル編」でした。





小雪丸稿 | 05:50 | comments(1) | trackbacks(0)
小雪丸・信州に行く


(2011.07.27 八ヶ岳到着後のドッグランで)


▼長い前置き▼

夏休み休暇はここ3年連続で信州、それも東は八ヶ岳山麓から、西は安曇野までの範囲を旅している。しかも犬と泊まれる宿というと限られるので、いつもコアとなるのは「八ヶ岳わんわんパラダイス」と「安曇野わんわんパラダイス」の2拠点。この外に、年によって菅平高原、蓼科高原、ひるがの高原(今年)などが入れ替わるのが、最近のパターン。

そして今年は、最近の中では一番、東京から遠い「ひるがの高原」を選んだ。理由は我が家の紀州、ユキ丸の生家(ブリーダ所在地)が福井県の勝山市にあるので、「ひるがの高原」を中継地として、さらに遠い福井まで足を延ばす予定だった。

そして予約を済ませ、7月末に立ち寄りたい旨、ユキ丸の生家宛、手紙(電話番号はわからなかった)を投函したのだったが…もたされた返事は、ご本人からではなく、その奥様からの電話だった。その電話によれば、そのご主人はすでに平成18年に他界され、いまは犬も犬舎も残っていないとのこと。



(2011.07.29 ひるがの高原で夕方の散歩中)

私の手元には、第三者を介して入手したユキ丸たち(3同胎子)が、そのブリーダM氏に抱かれた(まだ月齢1ヶ月足らずの)写真がある。日本犬保存会の重鎮でもあり、すでにかなりのご高齢であることは、すでにうかがっていたのだったが…

今回の福井県・勝山市訪問では、この生家を訪ね、ユキ丸の母犬や、姉犬(または妹犬)に、ユキ丸を会わせ、彼の生まれた犬舎を見るのを楽しみにしていたのだったが…奥様から頂いた電話で、それ以上の詳しいこと(親犬の消息など)を、根掘り葉掘り聞きただすこともできず…同時にユキ丸の生家訪問という夢も潰えた。

こうして、あとには「ひるがの高原」への予約だけが残った。それでも天候次第では、九頭竜川を遡り、勝山方面へのドライブをしてみるのも良いかと、まだ考えていたのだったが…しかし予定日の天候は、あいにく昼過ぎまで雨で、連泊でもあったことから、その外出も断念することになってしまった。



(2011.07.31 旅行最終日、安曇野の室内)

東京から「ひるがの高原」を目指すには、最短コースでは、上高地周辺の峠道を行くしかない。道路事情はここ四半世紀、ずいぶんと便利になったが、この地域だけは、昔ながらの急カーブの多い難所だ。(それでも安房峠だけはバイパスが出来て楽になった)

今回の宿泊地は、八ヶ岳⇒ひるがの⇒安曇野、という順番だった。八ヶ岳からひるがのへ最短経路で行くには、小淵沢⇒松本⇒安房峠⇒平湯⇒高山⇒ひるがの、といった道順を行く。しかし、この移動日の長野県の天気予報は雨、それも集中豪雨も懸念される不穏な気圧配置だった。

そこで急遽、予定を変更して(大迂回となるのを承知で)中央道を南下し、天気の良さそうな愛知の北をかすめ、岐阜の南側から北上するコースに変更した。走行距離は高速道路とはいえ、およそ2倍になる。

それでも巡航速度からすれば、ほぼ同じ所要時間になるだろうとの判断だった。そして結果的にはその判断で正しかったとも言える(笑)…添付のマップに、今回の巡回ルートを示した。



(2011年夏、今回の移動マップ)

つまり往路では、パスした峠道だったが、その「逆ルート」は、帰路(ひるがの⇒高山⇒平湯⇒安房峠⇒松本⇒安曇野)で、そのまま利用することになった。当日の天候もやや不安定ではあったが、急カーブの多い峠道では、運よく降られずに走行することが出来て、結果良しとも言える。

いずれにせよ、5泊6日のうち移動日は4日…走行距離のメータでは、およそ900余キロの行程であったことがわかる。小雪丸連れでは、特に走行にも神経を使う。彼らはシートベルトもしておらず、急加速や急減速はご法度。ましてや峠の急カーブでは「踏ん張り」がきかない。間違っても「攻めの走り」は出来ない相談だ(笑)

余談ではあるが、実は今回の峠道ドライブ…たった一つだけ汚点を残してしまった。それは「バイパスが出来ているのに、わざわざ旧道を走ってしまった」ということ(笑)…最難所の安房峠に関しては、平湯⇔中ノ湯を結ぶ「安房峠道路」を通ればよかったのだったが…(笑)



(2011.08.01 最終日、帰京前の安曇野ガラス工房で)

恥ずかしながら、1997年に開通したバイパスのことが頭になかった。前回通ったのは、それ以前だったので思い込みもあった。何たる失態…そのバイパスに入るサインさえ見落とさなければ、旧道を通らずに短時間で峠越えが出来たことに後日気付いた。ばっかじゃねーの(苦笑)…「ま、いいや旧道を充分堪能したから」…と言ってはみたものの説得力に乏しい。どうりで対向車に出会わなかった訳がようやく後にわかった。

※[注記:安房峠道路] 現地調査から33年・着工から18年の歳月を費やして開通した。当初は2005年度末に開通する予定であったが、1998年2月の長野オリンピックに間に合わせるべく急ピッチで工事が進められ、1997年12月に開通。これにより、岐阜県飛騨地方と長野県の間が年間を通して行き来できるようになった。

しかし…「思い込み」はコワイ。安房峠は「今も難所」と、先刻まで思い込んでいた。あんな狭くて急な道、21世紀にも好んで走るのは「オタク」そのものだと。小雪丸には悪いことをした…ずっと短時間で、ヘアピンカーブもなく通過できたはずの峠だったのに、わざわざ旧道を走っちまって。

ちなみに我が家の車にはカーナビがない(笑)…滅多に旅行にも行かないから、不要と考えているのだが、年に1〜2回であっても、今回のようなときには、「近道がある」と警告してくれたのだろうね…きっと。それでも、負け惜しみではないが、「自分で考えなくなったら人間おしまい」だ。道は自分で判断しながら選ぶから楽しい。言われた道順通りに運転するなら猿でも出来ることだ…(笑)



(2011.07.27 八ヶ岳コテージのドッグランで…走らない)


▼八ヶ岳▼

最初の2泊は、八ヶ岳、東京の練馬からは、関越道を鶴ヶ島まで行き、そのジャンクションから圏央道で八王子まで。そこから中央道に繋がる。甲州街道を行き調布から中央道に入るルートもあるが平日でも道は混雑するので、練馬からならこの方が早い。

八ヶ岳への出口は今回も小淵沢。インターを出て清里方面に10分ほど走った所に、昨年も宿泊した「八ヶ岳わんわんパラダイス」がある。11時少し前に自宅を出て14時には到着した。途中休憩を挟んでも3時間ほどのドライブ。



(2011.07.27 八ヶ岳コテージの室内 



(2011.07.27 八ヶ岳コテージの室内◆

ここのメインコテージに今回も宿泊した。メインと呼ばれるだけあって、ともかくコテージ内は広い。これが一番のお気に入りとなっている理由だ。コテージ周囲の庭もまた専用のドッグランとして使える。
また施設全体としては大小3種類のドッグランがある。林をそのまま利用した大きなランと、アジリティなども楽しめる中規模のランと、芝生を施した小型犬用のランと…選択は自由だ。

しかし…今回の小雪丸は、まさに前日「ようやくヒート明けを迎えたばかり」…どのランに放しても熱心に地面を嗅ぐばかりだし、特にユキ丸はそれしか興味がない。挙句の果てには小ユキに逆マウントまでされる始末だ。結局、2連泊の間中、まともにランで遊べる機会はなかった。



(2011.07.28 八ヶ岳コテージのベランダで)

そればかりではない、コテージ内でも目の行き届かないときは、今回、しばしば2頭をリードで係留しておかねばならなかった。せっかくの広さが恨めしい。むろん寝るときも寝室の隣に係留…去年はもっと自由でおおらかに過ごせた。今年は全てヒート明け直後という制約が伴う。

施設周辺の散歩も同様である。普段のようなゆとりの散歩ができない。特にユキ丸は、まだ周囲に残された「臭い」に敏感なので、地面ばかり執拗に嗅ぎながら歩く。舐めさせないように最大限の神経を使いながら。そして一方の小ユキは、逆に情緒不安定で、私の足やユキ丸にマウントを仕掛けてくる(笑)…この避暑地まで来ていながら、誠に情けない話だ。



(2011.07.28 八ヶ岳コテージの内庭:ドッグランで)

ともかく、この八ヶ岳には今回、2連泊した。「元がとれない」との思いを常に抱きながら…しかしそれでも涼しく快適な所ではある。ヒート明けでなければ昨年のように、コテージ周辺を長時間、散策したいところだったが、今年の散歩は無秩序で、とにかく疲れるので、朝晩とも各々1時間程度だったことが悔やまれる。それでも連泊の利点を活かして、2日目はコテージでのんびりと過ごした。



(2011.07.29 まもなく八ヶ岳を出発:窓に小雪丸の姿)


▼ひるがの▼

3日目の目的地は、いっきに200km以上離れた岐阜県「ひるがの高原」である。ここにも連泊した。移動は冒頭でも触れたように、天候を配慮して、最短ルートをあえてとらず、大きく迂回して南側の高速道路主体のルートを選んだ。結果的に雨には殆ど降られずに移動することが出来てやれやれである。



(2011.07.29 ひるがのコテージ併設のドッグランで)

この地域は、開けた盆地に別荘が点在し、正面にはスキーのゲレンデがある。真冬にはスキー客で賑わうのだろう。宿の形態は独立したコテージが20棟ほど集まっている場所。犬連れの宿泊も出来るがメインサービスはBBQ。そのため(夏場は)食事時になると結構騒がしい(笑)



(2011.07.29 コテージ室内…背後が小ユキなんです…笑)

しかも今回は初日、小学生の集団がバスで乗りつけ、合宿をしていたので、常に子供の声がザワザワとしていた。翌日は移動して行ったが、今度は何組かの若者のグループが乗りつけ昼間からBBQを始めた。ビールが進むと…当然のことながらやはり騒がしい。のどかで良いところなのだが、今回は客層に恵まれなかった(笑)…オフシーズンに来るのが正解かもしれない。特に我が家のような目的の旅にあっては。



(2011.07.29 夕方の散歩中…ひるがのコテージ周辺)

ここでの散歩も、まだ小雪丸の落着きが回復しないので、あまり遠出はできなかった。それでも、八ヶ岳よりは若干、落着きも出てきたことがわかる。牛舎や、近くには小さいながらも木曽馬の牧場もある。紫陽花の延々と続く小道もきれいだった。例年ならば登山道の途中ぐらいまでは足をのばしたいところだったが、まだ時期尚早と自粛ぎみの散歩で済ませた。



(2011.07.30 コテージ室内…この日は休養日となった)

ここのコテージにも個々の棟ごとに専用のドッグランがある。しかし…ユキ丸は臭いを嗅ぎ、ひたすら雑草を食べようとするのみで殆ど走らない。ボールを投げても無視されること度々。小ユキに至ってはユキ丸を気にするだけで、もっと走らない。挙句の果てには「あぶ」を気にして、その後ばかりを追う…傍らで雑草を食むユキ丸…さながらランというよりも小さな牧場…である。我が家は、ここでもドッグランに対する元がとれぬ(笑)



(2011.07.31 移動日の朝、紫陽花ロードの入り口で)


▼安曇野▼

こうして2連泊×2=4日を過ごしたあとの5日目は、安曇野に移動して1泊することにしていた。理由は、ひるがの高原から、いっきに東京まで走るには、やや時間がかかるためである。安曇野からならば、ほぼ無理のない移動時間で足りることは、これまでの経験からも良くわかっていたから。

ひるがのから安曇野への移動は、高山経由で松本に抜ける最短ルートを走ることにした。本当は往路で予定していたコースの逆を行くことになる。このルートの選択には(冒頭でも触れたように)若干の問題もあったが、ほぼ予定通りの走行時間で(途中、高山見物もした後)峠を越えて、松本⇒安曇野に着いた。



(2011.07.31 途中、高山の旧市街地に立ち寄る)

最終日のコテージは「安曇野わんわんパラダイス」…実はここを3年連続で利用している。大きな吹き抜けがあって、開放的で広いコテージ。しかも今回の宿泊中では最も割安。1泊だったが、泊まり慣れているので充分寛げる。それは小雪丸にとっても同様だろう。

そして何より、この安曇野まで戻って来て、ようやく小雪丸の散歩にも落着きが出てきた。室内での振る舞いにも、普段に近い落ち着きが戻ってきたのも嬉しかった。この状態が、あと数日早く来てくれれば、今回の旅行も、もっと充実したものになったであろうと悔やまれる(笑)…しかし、自然の摂理には逆らえない。



(2011.07.31 安曇野コテージの室内…小雪丸お疲れぎみ)

最終日の朝は、コテージの裏道で野生の猿にも遭遇した。ダラダラ散歩の小雪丸(特に小ユキは)だったが、そのときだけは大興奮で突進した。猿は藪の中に逃げ込んで行ったが…鳴き声からすると数頭はいたに違いない。この付近では2年前の宿泊時にも「熊に遭遇」している。

帰宅路はノーマルに中央高速ルートで走った。途中、小淵沢以降は往路の逆コースである。途中2箇所で約20分ずつの渋滞もあったが、概ね今回も予定どおり…夕刻の5時すぎには無事帰宅することが出来た。途中、双葉SAというところで休憩を一度だけとったが、あとは殆どノンストップだった。ちなみに双葉SAには施設内にドッグランがある。今回の小雪丸にとっては「恨めしいドッグラン」のトドメだった(笑)


▼終わりに▼

繰り返すが、今回の旅行は小雪丸ヒート明けと同時(まさに一日の猶予もなく同時)の出発となった。常識からすれば、数日は期間を置きたいところだった。それでも予約をキャンセルしなければならなかったことを思えば、不幸中の幸いでもある。様々な制約を予想した中で、それでも大過なく無事、予定通りの日程を消化できたことについては、ほっとしている。たまにはこんな夏休みもある。我が家にとっては「旅行も全て犬たちが主役」…それもやむなし…だろう。



(2011.07.31 今回唯一飼い主が写っていました…笑)

長くなるので分割すべきか…少し迷ったが1回分にまとめてしまった。そのために少し冗長な旅行記となりましたね(笑)…最後までお読み下さって、ありがとうございました。



小雪丸稿 | 14:09 | comments(2) | trackbacks(0)
発情期到来/去勢避妊に思うこと


(2011.06.19 早朝散歩の小公園にて休憩中)

このところ2日間にわたって、小雪丸の発情期のことを発端に「去勢・避妊」に関する一連のツイートをTwitter上で流した。そのまま消滅させるのもどうかと…そして、このところブログ更新も滞っていたので、安易な転用で、そのまま記事として残すことにしてしまった。所謂「手抜き記事」なのだが、これまでも幾度か書いたことのあるテーマの再確認という意味合いも含めてアップしておきたい。以下は2011.07.05〜06における履歴を時系列に沿って並べたものだ。写真は半月以内のものから抜粋した。


▼7/5午前(早朝のTweet)▼

ユキ丸が先週末から小ユキの尻を追うようになった。そろそろヒート本格化の兆し。前回から9ヶ月以上経過しているので、むしろこれでも少し遅い。この後半月ほどでMAXに向かう。これからが大変だ。また暑くて熱い夏になりそう。
posted at 04:50:54

我が家は未去勢・未避妊の紀州2頭の雌雄室内飼育だ。たぶん珍しいタイプのケースだと思う。「あるがままに飼いたい」…それが私の強い意思だが、やってみればわかるが、それはとても大変だ。特に8〜9ヶ月おきにやってくる発情期にあっては(笑)
posted at 04:56:57



(2011.06.24 城北公園にて休憩中のユキ丸)

小ユキの兆候は、たとえごく僅かの出血で見落とすようなことがあっても、その微妙な変化は全てユキ丸の行動が教える。今朝はユキ丸が、2階で寝ている小ユキを探しに、わざわざ階段を昇った。最近はなかった行動だ。ヒートアップが頂点に近くなったことがわかる。
posted at 05:02:57

今後10日〜14日ほどは、おそらく2頭を室内に隣接した1m×2mずつのサークルに隔離する必要がある。互いに鼻を付き合わせることの出来る2m×2mの空間だが、互いを見えない所で隔離するよりも、むしろその方が騒がれずに済む。それでもクライマックスの数日だけは大変だ。
posted at 05:07:56

我が家では発情期であっても、散歩だけは2頭を普段どおりに一緒に連れて歩く。間もなくユキ丸は散歩中であっても小ユキの背後に回ろうとするはずだが、おそらく静かに制しながら散歩を続けられるのも、あと1週間あるかどうか…そしてその後の数日は非常に過酷な2頭引き散歩となる。
posted at 05:11:57

ヒートアップのクライマックスは(我が家の場合だと)ほぼ正確に6日前後だ。その間はユキ丸の興奮が尋常ではなくなるので、散歩の殆どの行程を彼を小脇に抱えて歩くことになる。一方の小ユキはそれでもまともに歩くが、やはりユキ丸を挑発するような振る舞いも見せるのでリードが絡まってそれは大変。
posted at 05:16:44



(2011.06.24 城北公園にて休憩中の小ユキ)

この時期の2頭を見ていると自然本来の犬がどのような行動をとるものか…その生態が手に取るようにわかる。まるでスイッチが入ったかのように雌雄2頭の行動パターンが変化し、やがて発情期を抜け出すとスイッチが切れたかのように静かになる。その後も微妙な変化が続くが簡単には記せない違いがある。
posted at 05:22:04

未去勢・未避妊に関しては否定的な方も多かろう。そうした方々は多くのデメリットを主張してその必要性を説く。だがそれは私に言わせれば、いずれも人間側から見た論理だ。発病のリスクも、万一高齢になって負わねばならぬリスクも承知の上で運命に委ねる。そして何よりも飼い主は楽をしてはならない。
posted at 05:27:52

発情期の周期は個体差もあるはずだが、我が家の場合(小ユキの場合)は最初8ヶ月周期から始まり次第に少しずつその間隔が開いてきた。現在では9.5ヶ月ぐらいだろうか…その間に9年間の歳月がある。そして発情期間そのものの変化も次第に不規則になっている気もする。老化とも無関係ではあるまい。
posted at 05:35:30

さ、そろそろ散歩の準備をする。少しずつ大変な散歩になるはずだし、今回のヒートは真夏にかかっているため、よけい思いやられるものだが…まだここ数日ほどはノーマルに歩かせられるだろう。時折ユキ丸が小ユキの背後に回りこむことを除けば(笑)。それでは皆さん、今日も良い一日を。
posted at 05:39:05



(2011.06.24 城北公園の置石広場にて休憩中)


▼7/6午前(通勤中のTweet)▼

去勢・避妊を支持する意見は、およそ以下の3パターンだろう。1.望まれない命を産ませない(動物愛護団体・里親会)2.癌など病気の予防(前項に加え獣医師会)3.その方が飼いやすくなる(前項に加え一般飼育書)…そして多分、世間一般の飼い主による認識は3⇒2⇒1の順番で受け入れられ易い。
posted at 08:37:13

1については反論する理由もない。これだけ痛ましい殺処分が行われている実情を知れば当然のことだ。しかしそれでも「望まれない命」と言う表現には違和感を感ずる。いったい「誰に望まれない」のか?省略されているのは「人間社会」という文言だろう。動物本来の繁殖からすれば望まれない命などない。
posted at 08:37:41

2については早期手術のメリットばかりが強調され、健全な身体にメスを入れることへの躊躇いはない。だが本当に不要か?必要だから携えているものではないのか?ホルモンバランスや心身への影響については半ば無視されている。何より、自分の子供の将来のリスクのために「とること」を選ぶ親がいるか?
posted at 08:39:43



(2011.06.25 早朝散歩途中の小公園にて休憩中)

3については最も現実的で安易な選択なのだろう。去勢・避妊をすれば犬は温和になり面倒な手間隙もなくなる…そう考えている飼い主は多い。発情期に床を汚すと言う理由だけで手術に同意する者すらいる。特に多頭飼育者の大半が、雌雄いずれかへの処置をしているのは管理上の自己都合と言えなくもない。
posted at 08:46:15

ともあれ我が家は去勢・避妊をせず、雌雄2頭を9年間、健康に育てて来た。共に純血種で赤の他人同士だから、仮に仔犬を産ませても、引き取り手は見つかるだろう。仔犬の姿を見たいと思うこともあったが、私はそれをさせなかった。詳しい理由については文字数が足りない。いずれにせよ自己責任の世界。
posted at 08:49:12



(2011.06.26 早朝散歩の高稲荷公園にて休憩中)


▼7/6午後(昼休みのTweet)▼

一度、書き始めると「書き足りない思い」が沸々と湧き上がって来る(笑)だからもうしばらくこの去勢・避妊の問題について、思いつくままに書き足しておこう。冒頭に…この世で「動物虐待」に関する話題は尽きぬのに…なぜ「健康な犬に対する去勢・避妊」は動物虐待にはならないのだろう…とかね(笑)
posted at 11:56:00

NPO法人も私的団体も、愛護団体や里親会の譲渡契約には例外なく、去勢・避妊に関する記載がある。術後に譲渡される場合が多いが、諸般の事情で譲渡後の処置を義務付けられるケースも。私が直接愛護団体とは関わらぬ理由の一つでもある。むろん彼らには彼らの主張がありそれを否定するつもりもない。
posted at 11:56:03

私も本来はブリーダや畜犬商を肯定する側ではなかった。それなのに私の愛犬はそのルートから我が家に来て今日に至る。紆余曲折の経緯は過去のブログに詳しい。「里親会・愛護センター・去勢・避妊」などのキーワードでブログ内検索してもらえば、多分そのときの記事が出てくる。お暇なときにでも(笑)
posted at 11:57:59

今日、愛護団体の主張は、極論を言えば…殺処分ゼロ社会⇒商業繁殖の否定⇒飼育放棄の否定⇒捕獲センターからの引出し⇒引き出した犬の譲渡⇒繁殖なき生涯飼育⇒安らかな死…多少時系列に前後はあろうが、およそこのような流れによって、処分なき社会を実現することを目指すものだ(と私は解釈)…
posted at 11:59:34



(2011.06.29 早朝散歩途中の図書館にて休憩中)

犬はモノではない。飼い主の都合、社会の都合によって、一生を左右されるべきものでもない。その点に関しては大いに同意できるものだ。犬たちの一生もまた、文字通り「揺りかごから墓場まで」そのライフサイクルの全てを、悪質な人間の営利・身勝手が介入することなく保証されなくてはならないだろう…
posted at 12:04:45

そうした理想の実現に向けて、安易な繁殖や浅薄な動機だけで犬を飼う人々…さらには自己都合だけで安易に飼育放棄をしてしまう飼い主の存在は、あってならないものであることも事実だ。だから譲渡に関しても「性善説」で臨むことは出来ず、彼らは誓約によって譲渡後の犬たちの動向も管理しようとする。
posted at 12:09:29

この日本社会…安易な流行だけでも犬を求める人々がいて、譲渡犬は無料だから程度の認識で応募する人すらいる。一方で犬をブランドと捉え、高価で珍しい犬を求める人々もいて、この(2兆円だったか?)ペット市場規模の大きさを背景に、様々な人種が犬を飼う。犬をめぐる価値観はおよそ混乱の極みだ。
posted at 12:13:03



(2011.07.02 早朝散歩の光が丘公園にて休憩中)

愛犬家を自認する人も、改めて「自分は何のために犬を飼うのか?」そう自問してみる必要がある。去勢・避妊も含めて、世間での常識と思われていることの何割かには、何らかの疑問…そして人間にとって都合よく出来た常識なのだと思うことがあるはず。去勢・避妊もそうした一例…壊した身体は戻せない。
posted at 12:16:05

私はむろん去勢・避妊反対論者だ。だからと言って自論を押し付けるものではない。人にはそれぞれの立場で、最善と信ずる道を進めばよい。唯一問いたいのは、その選択で「飼育が楽になる」との思いが少しでもあるなら、その人の犬は100%の愛情を受けているとは言えない。それだけは確かなことだと。
posted at 12:18:02

▼誤解なきように▼去勢・避妊に対する見解が合わぬからと言って、むろん私の立場は、アンチ動物愛護団体などではない。むしろ必要な部分は支援し寄付も厭わない立場にある。ただ基本的には、大きなNPOよりも「直接顔の見える個人活動家」の方が好きだ(笑)そこには大きな団体にない融通性がある。
posted at 12:22:46



(2011.07.03 早朝散歩の城北公園にて休憩中)


▼追記(7/7七夕の早朝深夜に)▼

終始一貫して、私は去勢・避妊否定の立場からの意見を述べた。けれども、その意見は、第三者に対して何ら押し付けるものではない。去勢し避妊した愛犬を飼っている皆様にも、それぞれの価値観と立場がある。そのことはよく理解しているし、そのことを否定する動機もまた私にはない。

であるから、ここに書いたことは全て「私の立場なら」との前提での物言いだと考えて欲しい。そして、あえて言うなら、私自身は「少し変わっている」(笑)…ただ申し上げておきたいのは、私自身は小ユキとユキ丸とを、避妊も去勢もなく、99%間違いなく適切に管理して行くことが出来る。そう言い切れる思いが、今回の記事を書かせた。

あえて100%と書かなかったのは…未曾有の出来事が起こるかもしれず、また私自身が突然死してしまうかもしれない(笑)…そのリスク分を見て1%の保険は残しておくことにしたいのである。さて、皆様もどうか足元にいる愛犬のことを、今一度振り返ってあげて欲しい。TYL!





小雪丸稿 | 02:00 | - | trackbacks(0)
震災とTwitterのこと


(2011.06.12 城北公園の早朝散歩; 以下8枚同様)

先月(5/14)「震災諸説雑感」の中で数点の予告テーマを挙げておいたが、今回はその中のひとつ「震災とTwitterのこと」について書き出してみた。項番で言うならい乏催する。(したがって今回も文中の写真は記事内容とは直接リンクせず、平穏な昨日6/12の小雪丸ショットです)


▼日本人とTwitter
さて、2010年は日本にとってTwitter元年と言われる年だったが、今年2011年はfacebook元年とも言われている。だが日本人にとってfacebookはtwitterほど順調には定着していないようだ。登録はしても、活用には至らないユーザが多いのかもしれない。私自身がそうした1人だと思う。

果たして、その違いはどこから来ているのか…時折考えるのだが、どうやらfacebookの(あくまで原則なのだが)実名登録が普及にブレーキをかけているのではないかと思われる節がある。mixiなどにおいても同じことが言えると思うが…日本人は匿名が好きだ。過剰な個人情報漏洩に対する拒絶反応があるのかもしれない。(一方で、facebookとmixiはシェアを分け合う?という観測も成立つ)

その点でTwitterは匿名のまま参加することをスタンダードとしたSNSのツールだ。気まぐれで参加し、望むならばいつでもアカウントを放棄して新しい名前で出直すこともできる。しかしいったん実名を晒してしまえば、そういうわけにもいくまい。
実名を晒すことで自らも他者からの検索を受けやすくすることが出来る。それによって自らの属性に関わる人々(学校・会社・団体など)との連携を強化できるという利点はあっても、何かトラブルが生じたときは身を隠すことも難しい。



Twitterの匿名性は、その点でも気楽な参加を推進する母体なのだろう。facebookは全世界で5億人、Twitterも間もなく2億人といわれる多数のユーザーを擁するSNSだが、Twitterに至っては、その使用言語の2割が実は日本語(日本人)であるという統計結果に、一国としての特殊性を感ずるのは私ばかりではあるまい。

前置きが長くなったが、今回は東日本大震災と、このTwitterとの関係について述べる。
震災当日の回顧録にも、リアルタイムでの情報をTwitterから得ていたことについて少し触れたが、震災当日以降も、このTwitterは重要な役割を果たし、その余波は今もなお続いている。

多くの人々が情報発信者となり、素早く有益な情報を発信し、それを受けた人がタイムラグを最小限に抑えた反応をして動く…非常時のメディアは何をおいても速くなければならない。新聞では遅いことも多いし、TVやラジオといった従来型のマスメディアでは個々の要求には応えられない。

パーソナルメディアにはブログなどもすでに定着しているはずだが、それでもその更新はせいぜいデイリーであり、そのレスポンスにも通常2-3日はかかる。つまり情報がネットに載せられてから幾度かの往復があり、結論を得るまでには時間がかかりすぎる欠点もあるのだ。



その点においてもミニブログと呼ばれるTwitterは速い。まめにアクセスすることを厭わなければ、1時間以内に一つの発信に関わる結論を得ることが出来る。わずか140文字という短い制約をもった情報の飛び交う速度がとにかく速いからだ。

検索もあらゆる方法を駆使して行うことが出来るようになった。一つの発言の大元となるルーツは何日前の誰であったか…そうしたレベルまで現在は辿ることができるのである。少なくともこの一年間でTwitterは進化し続けてきた。そのことは、おそらく一度使用しただけで中断してしまった方には知られていない事実だろう。

そしてTwitterだけの世界ではなく、googleやその他検索サイト、マスメディア、ブログシステムもこの小さなSNSを意識するようになった。つまり「Tweetすること自体が簡略化されている」のである。小さな鳥のマークがネット上の大半に表示されるようになって、ほぼ半年が経過している。どういうことかと言えば、周囲がTwiiterでの話題とされやすくすることを目指して歩み寄ったと言うこともできる。もはやボタン一つで極めて短時間で他人に情報を伝えることにも不自由しない。




▼震災以降のTwitter
さて、震災以降のことであるが…被災地の情報、避難した人々の消息、福島原発の刻々と変化する惨状、被災地に取り残された動物たちの保護や問合せ、支援物資の搬送、ライフライン復旧に至る情報、そして支援物資や義援金のこと…

こうした様々な情報が震災の翌日からは、驚くほどの量と速さで飛び交い始めた。むろん私はさほど多くのユーザを(あえて)フォローしているわけではないから、私自身がネットから読み出す情報といってもたかが知れたものだ。それでも驚くほど多くの情報が流れ、追跡もままならぬほどであった。

もし私の10倍、100倍、1000倍のフォロー数を持つユーザであれば、その量は如何ほどであったことかと思う。画面から(特定フォロー先のみを)読み出す独自の工夫(それはアプリケーションやリストと呼ぶ機能で可能だ)がなければ、ひたすら画面に流される情報に目を凝らすだけで一日が終わってしまうだろう。それほど回転の速い情報がリアルタイムで流れた。

その混乱に、私ですら止む無く、震災直後に有益と思われないユーザの何人かをリムーブしたほどだ。つまり画面に過剰な不要情報を流すユーザへのフォローを自ら切り捨てたのである。それによって本当に必要なフォロー・フォロワー同士の情報交換が可能になる。



Twitterはフォロー(自分から相手を)とフォロワー(相手から自分を)との関係によって情報のやり取りが成立っている。そしてこの人間関係は常に動的に変更できるものだ。だから自分にとって有益と判断できる情報発信者をフォローし、その情報収集枠を拡大していくことが可能だ。

例えば私自身も震災直後は、被災地周辺に在住される方の何人かをフォローしたり、行政の長をフォローしてローカルな公式情報を得られるようにもした(その大半はすでにフォローを解いたが)…こうすることで、伝聞ではない生の情報を得られるようにもなる。

ただ一方で、万人が情報発信者となれるTwitterは、その情報の信憑性においても、常に危うい諸刃の剣であることも事実だ。発信者自身の経験やスキルによっても、その情報の確度がゆらぐことは決して少なくない。

加えて怖いのが安易な伝聞によるデマの拡散である。今回も様々なデマが飛び交い、それに関与する人々を翻弄した。教訓として得たのは「疑わしきは必ず自分の手で確かめる」ということなのである。むろんそれが出来るかどうかが、他人までを巻き込む迷惑情報を発信せずに済むかどうかに繋がっていく。



つまり未熟なユーザは必ずネットに混乱を引き起こす結果となる。そして憂慮すべきは、Twitterのタイムライン(流れる画面)に次々と表示される新情報を発信し、あるいはリツイート(転載による拡散)するユーザが、思慮深いかそうでないか…は即断できないということにあった。

こうした懸念は単に市井の人であるか、それとも有名な肩書きを持った人であるかで、単純に切り分けすることも出来ないことが悩ましい。100万人のフォロワーを持つ男でも時に危うい情報を発信するし、その逆に日の浅い者であっても正しい情報を発信することもある。とりわけ震災以降は、権威や知名度に左右されずに真偽を見極める自努力が必要な3ヶ月間を過ごした気がする。


▼Twitterのジレンマ
今回の震災は「巨大地震・津波・原発事故」という三重苦を日本にもたらした。そして、その中でもTwitterで最も多くの情報が錯綜したのは原発事故に関するものであった。

そして不本意なことではあるが、私の(会社の)所属部門は、震災関連のインフラ…つまりエネルギー、キャリア、メディア等に関するIT分野において、いずれもかなり深い関わりがある。その顧客名はあえて挙げぬが…真実を隠し(?)、被災では脆弱性を曝し、報道においては全てを伝えぬ…と非難される側の企業群と言えば、およそ想像もつくというものだろう。

むろん私の会社は当該企業自身でもないし、私自身がその企業を直接担当しているわけでもない。しかしそれでも、その内部事情や事業計画の詳細は、望めば私の知るところともなる。だから仮に擁護すべき情報の一つを知りえたとしても、それを私はTwitterでつぶやくことはできない。



震災以降のジレンマは、常にそうした意識下の感情を圧迫することとなった。それでも一言でいえば、私は冷静を保つしかない。いや決して無理にとか、虚勢を張るとか、やせ我慢をするとか…そういうことでは決してなかった。私は平常時においても本来ならば冷静な立場だ。むろん、それを信ずるか否かは、皆様にお任せするしかない(笑)

こうした背景もあって、私は如何なることにも安易に「騒げない・騒がない・騒ぎたくない」…しかし、それはどうでも良いと考えているからではない。震災以降のTwitterでは、多くの場面で、批判の声を上げないことを罪悪視する傾向が顕著だった。なにしろ国や東電は情報を隠蔽し利権を守ることに必死、との評価が大半であったわけであるから。

そして、その一部は現実に正しかったことも理解している。しかしそれは飽くまで結果的にそうなったにすぎない…それでも私はそう思うのだ。感情にまかせて先急いだ果てに、必ず良い結果が待っているとはどうしても思えない。最後は冷静に事態を俯瞰できる者が解決への道を見出すはずだ。

一部で言われるように民衆の声を集結したとしても、日本では少なくとも「ジャスミン革命」などは起きない。宗教の背景が違い過ぎる上に、たとえ疑惑は目白押しであっても…少なくとも、今日の日本においては(発言を機に仕事を奪われた当等…異論は多々あろうが)広義の解釈において、一般市民への言論弾圧などはないのだ。それを、所詮影響力のない者への弾圧はない…と曲解してくれても構わないと思うが…



あえて言うなら、独裁政権下や一党独裁の元でこそ「ジャスミン革命」は起こる。現代社会の主流は自由競争と多数決がルール、それが日本も含めた先進国、議会制民主主義国家の大原則だ。そして大多数の近代国家はその道を選んだ。格差社会とは裏腹でも、それが最も合理的な道だと判断したからにすぎない。主観的に見た善悪に偏りはあっても、我々は社会(我々の選んだ代表者)が決めたルールに従うしかない。それが現実だ。理想だけではもはや誰も生きられない。

言論と言えば…私は平常時から政治的なツイートだけは極力避けるようにしてきた。これほど好き嫌いが先行し、一致を見ることの出来ない分野も他にないと思うからである。政党によっても、派閥によっても、そして個人においても…さらには扱うテーマにおいても、我が身と一致する価値観を持った他人が存在するはずもない。

そして価値観の違いによる衝突は、互いが譲らなければやがて炎上となる。私はネットの創生期から、幾度もそうした混乱を見てきた。むろん全ての分野がそれと同じ危険を孕んでいる。しかし政治にこだわる者の執着心はことのほか根深い。そのことを経験的に知れば(我慢出来る範囲においては)余計な小石を投げたくもなくなる…のが道理というものだ。

むろん私自身は決してノンポリではない。ただ歳相応に生きることん学んでいると言っておきたいだけだ。それをどう解釈するかは受け取る側の自由だと思っている。だからと言うわけではないが、Twitterの私は、政治家を一人しかフォローしていない。今後のことはわからないが、今はそれだけで充分と考えている。さらに言うならば、その所属政党の政策は、必ずしも私の日常や老後に優しいものではないことも、あえて付け加えておくべきだろう(笑)。それでもフォローしているのは…おそらくストレートな理想主義が自分の肌に合うから…という理由だけだ。



(2011.06.12 昼下がりの睡眠; 小ユキ)


▼Twitterのフォローということ
前項でも述べたように、Twitterには様々な立場の人たちがいる。そして思い思いのことを呟いて構わないルールだ。フォロー、リムーブ、ブロック、いずれも自由とされる世界だから、気に入らない人の呟きを読まされる義務もなければ道理もない。選択は常に個人の自由に任されている。しかも原則は日本人の大好きな「匿名」という形で常に可能だ。しかし、そこにはやはり幾つかのジレンマもある。

例えばこういうことも言える。こと一つを特定の個人に限ったとしても、その個人そのものに「呟きの範囲」というものがある。つまりは「昨日気に入った発言」をしていた者も、今日になれば「どうかと思うような発言」を不用意に流し、明日は「全く意に反する発言」をするかもしれないのだ。往々にして、それは社会情勢の混乱度に比例して、起こりがちなことだとも言える。

そうでなくとも「ある分野では同意」できながら、また「異なる分野では不同意」かもしれない。そうした日々の葛藤の中で、正直なところ、ネガティブな発言ばかりを長く聞かされると、それは次第に閉塞感を伴ったシンクロを来たす。(少なくとも私はそう感じてしまう)



(2011.06.12 昼下がりの睡眠; ユキ丸)

簡単に言えば「リムーブ」することで、タイムラインから消去してしまえばよいのであるが、これまでの柵があると、なかなかそう簡単にもいかない。相手が非常に多くのフォロワーを擁してして、私個人が極めて目だ立たない存在(one of them)である場合には、それも可能だ。しかし、そこそこのやり取りを経て来たような相手については、なかなかそれも難しい。ものごとを比較的、ドライに割り切れる私において、そうなのだから、真面目であればあるほど、そうしたジレンマには誰もが悩まされるだろう。

総じて言えば、夢中でフォロワーとの関係構築を「増やすことだけ」を目的としているユーザはまだ幸せである。しかし(私も含めて)そうでない者も多い。また一般的な概念として、営業丸出しのツイートや、転載RTばかりで自分の意見のない者のツイートはつまらない。さらに言えば、紋切り型の「同種の分野ばかり連発」されることにも、次第にうっとおしくなる。例えば「動物を救ってくれ」ばかりを日々延々と繰り返し流されると…動物好きの私であっても辟易としてしまうことがある。

そうした中で、仮にも自分にとって、何らかのプラスになりそうなユーザを選んでフォローするようにはしてきたつもりなのであるが…震災以降、各自の視点の向けどころが極端に(被災地救済や原発に)偏ってしまったために、一時期は右も左もネガティブなツイートばかりで辟易とする…半ば憂鬱な日々が続いた。



(2011.06.12 夕食後の睡眠; 小ユキ)

最近は多少、それも持ち直して来た感があるものの、私に言わせれば「まだまだ」なのである。多くのツイートに「ゆとり」がない、落着きがない(それは私も…笑)、すぐにウワサや報道に鸚鵡返しに反応する。果てはデマでも何でも安易に拡散へと走る。

それについては、有名なユーザ(フォロワー数の多いパワーユーザ)でも例外ではない。さらに困ったことには、そうしたユーザがデマ拡散の根源となってしまうこともあるから余計に悩ましい。そうした立場のユーザには、それに相応しい「落着き」が必要なはずであるのに…ときには大人気なく考える前に走る…

この世界では「拙速巧緻」が、ともすれば先行してしまうために、自分自身が常に裏をとるところまで踏込まないと、ときに思わぬ失敗をする。だから少なくとも、自分自身が安易な発散の片棒だけは担ぎたくない…ここ震災以降の3ヶ月は、常にそうした思いと、一方で身軽な発言との鬩ぎ合いだった。

著名人や識者と言えども、その間逆の意見もあり、そのどちらにも条件付の利があり、条件付の不都合がある…今回ほど、ものごとの両面を自らが見極めなくてはならない時期もなかった。そうしたストレスには日々晒されていたことにもなる。むろん私だけではなく、多くのオンライン上で発言をす人々、あるいは黙してただ成り行きを見守る人々にあっても…それは大同小異だろう。

しかし、それでも発言しない限り、安全パイを引いていることは確かだ。一方で、それは何のプラスをもたらさないだけではなく、自らの意見を表明しないだけに、周囲のユーザにとっては疑心暗鬼を呼び込み、結果的にはマイナスとなっていることに気付いていない…そこが本質的な問題とも言える。今回の事態が少しでも早く収拾し、おおらかなツイートがタイムラインの主流となる日を待ち望んでいるのは私だけではあるまい。



(2011.06.12 夕食後の睡眠; ユキ丸)


▼日本への祈り
なお余談ではあるが…震災直後からTwitter上で#pray_for_japanという用語形式(ハッシュタグという)で検索をすると、様々な国の人々が日本へ向けた励ましのメッセージを発信していることがわかるようになった。最も速いときには秒速2-3Tweetsがタイムライン上を流れていたと思う。一度読んだメッセージを数分後に探そうと思っても、それは遥か彼方に押し出されてしまい、容易にキャッチすることさえできない。

それほど世界から発信される日本へのメッセージは多く、圧倒されるほどの量が流れていた。そして現在ではスローダウンしたものの、それは今も続いている。こうした現実と向き合う限り、少なくとも日本は孤独な国ではない。少なくともTwitterを通じて、我々は世界と個人レベルで繋がることが出来る。国家という…ときに融通の利かない権威の枠組みをも超越して…





閑話休題 | 04:01 | - | trackbacks(0)
9年前…ユキ丸の来た日に


(2011.06.04 先週末の光が丘公園にて 左がユキ丸)

先週も予告したとおり、本日6月8日は、ユキ丸がわが家にやって来た記念日。彼は9年前、2002年6月8日の午前中にわが家の土を踏んだ。そしてこの日から、小ユキとユキ丸の「夫婦紀州の歴史」は始まっている。

彼がやって来るまでの経緯は昨年の小雪丸日記にも書いたので、できれば改めて、そちらも参照して頂きたいと思う。
▼ユキ丸がやって来た日
http://dog.kishu.us/?eid=249

私も毎年同じことは書きたくない(笑)…先週6月1日は小ユキのやって来た記念日であったが、今日6月8日は、単にユキ丸がやって来た日であると同時に、2頭飼育のスタートした日としても大きな意味をもつ大切な記念日なのである。

ユキ丸は「ちょうど9年前の昨夜」、三重県の亀山で深夜便のトラックに載せられ、東京へは、この日の早朝に着く予定だった。私は夜明けとともに始動して小ユキを連れ、その深夜便が到着するはずの埼玉県和光市の集配センターに向かった。

しかし待てど暮らせど、彼を乗せた深夜便は到着しない。後の問合せで、それは一つ手前の西台という場所のセンターに降ろされてしまったことがわかり、急遽向かうことになったのだったが…不覚にも道に迷い、1時間以上を費やした挙句、ようやくユキ丸には対面できることとなった。



(写真家の井川さんが撮って下さったユキ丸のアップ)

その間、ユキ丸は騒々しい集配事務所の入口にずっと置かれたままで、ひたすら我々の到着を待っていたことになる。彼は小さなビニル製の脱衣カゴ2つを上下に貼り合わせた小さなスペースの中で、じっと待ち続けた。それは、私が近寄って声をかけても、立ち上がることすら出来ないほどの小さなカゴであった。

それでも、ようやく出してやると、身体をゆすって臆することもない。急いで準備した小さな首輪とリードを着けると、いそいそと私の歩調に合わせてついて歩いた。そして、そのまま車のところに戻るまでは、彼も上機嫌だったのだが…

ところが車には、待たせていた小ユキがいて、彼を見るなり激しく飛び掛ってしまった。かわいそうなユキ丸は怯えて車の下に逃げ込もうとし、小ユキは情け容赦なく威嚇し続ける。帰宅するまでの車中は、こうして阿鼻叫喚の地獄絵さながらの騒ぎだった。だからユキ丸は、たぶん今でもそのときのトラウマをかかえているだろう。



(福井県生まれのユキ丸は三重県を経て東京に来た)

ユキ丸は福井県勝山(恐竜の化石で有名)で生まれ、やがて三重県亀山のバイヤーに託され、そして私の目に止まって、深夜便のトラックで東京に来た。ユキ丸のやって来たルートは、上の地図に示すように「長旅」である。

普通このようなケースで出会った場合は、ブリーダー時代の幼い写真は見ることが出来ない。しかし幸運にも、私は偶然ネット上で、その仔犬時代の写真を多数発見することが出来た。全く見知らぬ方が、生後1ヶ月の彼を訪問していたからである。そのときの話は昨年も書いたが、ユキ丸の生まれたばかりの様子は以下の記事にも詳しい。
▼奇蹟的な出会い!
http://dog.kishu.us/?eid=124



(生後1ヶ月未満のユキ丸は写真の中央、3頭同胎子だった)

▼ユキ丸の賞罰
ユキ丸はブリーダーについて言えば、所謂「名門の出」らしいのだが(笑)…ひとことで言って、彼には(小ユキと違って)賞暦もない代わりに罰暦もない。そして殆ど怒ったことのない温和な性格である。しかし気分が高揚してくると大きな声で吠える。

ただしそれは喜びの自己表現であるから、所謂無駄吠えでもない。そして本来、多くの紀州犬が寡黙なように、日常は彼もまた寡黙である。紀州犬の良さはこの寡黙であること…それに尽きる。そうした意味でも紀州犬は、過密な都会で飼うにも適した犬だ。しかしこの良さはあまり知られていない。(話が横道に逸れたが)

賞罰とは関係ないが、ユキ丸の特技をあえて一つだけ上げておくとするなら、彼は標準よりも明らかに視力が良い。それも動体視力のみならず、静体視力も良いのである。普通の犬は(小ユキもそうだが)動くものには良く反応する。基本的に犬は近視と言われるが、遠くても動くものには良く反応する。
しかし近くにあっても静止したものだと見落とすのが常だ。それは先代のユキの場合も同じだった。



(2011.06.04 先週末の光が丘公園にて 右が小ユキ)

すぐ近傍に猫などがいても、相手がじっと動かないければ気付かない。臭いには反応するから、地面を這うように嗅いでいても、その数メートル先に静止している猫には、あんがい気付かないものなのである。ところがユキ丸だけは例外的に、この静体視力が非常に良く、かなり遠くにいて、しかも静止したままの猫や小動物でも彼はいち早く見つける。

小ユキほど狩猟欲は強くないので、軽く促すとあきらめるが、誰よりも早く視力で反応する。その僅かな動作を見て私が(その存在を)知り、最後にようやく(促されて)小ユキが気付く。多くの場合は小ユキだけが「蚊帳の外」ということも少なくはない。事を荒立てたくないから、近傍に猫などが徘徊していても…多くの場合は「男同士の秘密」となる(笑)



(2011.06.04 先週末の光が丘公園にて 手前が小ユキ)

こうしてユキ丸を迎えた日は、小ユキとまだ迂闊に遊ばせるわけにも行かなかったので、帰宅した駐車場でユキ丸を遊ばせるときは、小ユキを抱き上げ…しばらくすると、今度はユキ丸を抱き上げ、小ユキを遊ばせるようにした。

こうした面倒な配慮は、その後も2ヶ月ほど続けなければならなかったが…交互にボールを投げながら遊ばせた時代の、なんと懐かしく楽しかったことか。大変ではあるが、いずれを抱き上げても高々6〜8キロの重量である。それがいつしか9〜12キロになり、15〜17キロになり、18〜19キロになり…

途中で幾度か体重の「逆転」はあったが、ここ3年ほどは小ユキが22キロ、ユキ丸が21キロ前後に落ち着いている。おそらくユキ丸の体重は、ほぼ理想的な(オスの)紀州標準であろう。一方の小ユキは(メスの)紀州標準から見れば少し重い(笑)



(2011.06.04 先週末の光が丘公園にて 右がユキ丸)

成長が止まるまでのユキ丸は、やや腹下しをし易い傾向もあったが、それはオス犬としての散歩のさせ方にも問題があったからだ。途中から、安易に地面などを舐めさせぬよう「細心の注意」を払うようにしてからは、そうした心配も減少した。それ以外ではユキ丸も(小ユキ同様に)健康に恵まれた犬であると言える。幸いわが家の紀州たちにはアレルギーもない。

換毛期を終えたユキ丸もまた小ユキ同様に美しく、そして良いオス犬の体形をしている。彼には(私自身が出陳の意思もないので)賞暦もないが、彼の同胎子である姉犬は過去に多くの賞暦を持つ。同じ姉弟であるなら、ユキ丸もきっとそうなったであろうと、そう思うだけで満足することにしている。私の拘りがあるとすれば「その程度のもの」だ。愛犬の価値は飼い主自身がわかっていればよく、それ以上でも、それ以下でもない。


小雪丸稿 | 03:16 | - | trackbacks(0)
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